自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

「さらば、あとはよろしく」

2023年5月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 追っかけ、という言葉がある。歌手でも俳優でも、その人をずっと見ているファンのことだ。私にもそういう対象が一人いる。俳優の加藤健一さんだ。追っかけというほどではないが、ここ数年、この人の舞台はほぼす…

年寄りの冷や水というけれど

2023年4月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 久しぶりにお会いしたバイオリニスト、黒沼ユリ子さんに「おいくつになった?」と聞かれ、「61です」と答えたら、「わっかいわねえ」と声を上げた。80代から見れば61は若いのだろう。頭ではわかる。だがその感覚…

偶然みつけた、死についての言葉

2023年3月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 作家の赤瀬川原平さんに『世の中は偶然に満ちている』(筑摩書房)という本がある。2014年に亡くなったあと、妻の尚子さんが、赤瀬川さんが書き残した「偶然日記」をもとにまとめたものだ。日記にはその日みた夢…

空手バカの肋骨2本

2023年2月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 私はバカみたいに習い事、お稽古事ばかりやっている。なんでなのかわからないが 、大人になってから、いい年をしてから始めてしまい、どれ一つ、大したレベルに達していない。 古い順からあげれば、まずはクライ…

声が笑っている人

2023年1月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この人は声が笑っている。悪い意味ではない。ふざけているということではない。声が明るいということだが、そう単純でもない。その人の前向きさとでも言おうか、生きていること、直面していることを好奇心たっぷ…

世界はフラットにもの悲しくて

2022年12月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 『ニューヨーク・タイムズ』の2022年10月29、30日付紙面に面白いコラムが載っていた。デイビッド・ブルックス氏の「グローバルな悲しみの波」という記事だ。ブルックス氏はときどき目を引く時代論を書く。この…

つましくも、ドロップアウトできた1980年

2022年11月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 1980年ごろの日本社会の雰囲気をうまく書けないだろうかと、1年ほど前から考えてきた。というのも、昨年秋から今年春まで新聞連載した評伝、「酔いどれクライマー」の舞台がこの時代だったからだ。主人公の永田…

東京ならではの独特の雰囲気

2022年9月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 しばらくぶりに海外から戻ると、日本、特に私が暮らす東京には独特のムード、雰囲気があることに気づく。空から見た日本はとにかく緑が多い。アメリカのロサンゼルスなど砂漠に切り開いた街から戻ると、田んぼや…

人間はもともとみないい人なんだ

2022年8月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南米を旅行しながら「ブルネラブレ(vulnerable)」という言葉について考えた。あまり会話では使われないが、英語にも同じブルネラブルという言葉がある。辞書で調べてきた単語なので、「ぜい弱さ」という言葉が…

近未来への鍵、リベルタード

2022年7月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 今いる南米のチリで、あらゆるチリ人たちからよく聞いたスペイン語は、リベルタード(libertad)だった。日本語に訳せば「自由」だが、束縛から逃れる「解放」や「フリー」といった意味で気軽に使われる。「首都…

チリに残っていた「ヒッピー文化」

2022年6月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 私が小学校に入ったころだから1968年の夏、「ピンキーとキラーズ」というグループの歌「恋の季節」が大ヒットした。「忘れられないの/あの人が好きよ/青いシャツ着てさ/海を見てたわ」と歌う女性、ピンキーを…

親指をなくした息子

2022年5月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 チリに来て、そろそろ1カ月。ロサンゼルス経由でサンチャゴに着いたのが3月8日の朝で、心配していたPCR検査も難なくクリアーした。40年もこの地に暮らす学生時代の先輩、堤亮(つつみまこと)さんに会い、…

ラテンアメリカを再発見しに

2022年4月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 報道の仕事をしていると、ウクライナ侵攻といった大きなニュースがあると少し後ろめたくなる。特派員時代、戦争というと自分の領域以外のところにもよく現場取材に行っていたので、申しわけない気になるのだ。そ…

本当の先生にはがきを出す

2022年3月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この1月、うれしいことがあった。小学校4、5年の担任だったN先生と連絡がとれた。1978年正月にもらった賀状の住所に、「お元気ですか、本当にお世話になりました」と書いて年賀状を送ったら、もうおられない…

雪の中でマッチョにさよなら

2022年2月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 年末の3日間、雪の中を歩いていた。何も考えないようにしていても、いろんな思いがよぎっていく。あまりに雪が深いので、ときどき、歌も流れ出す。中学生のときに見 た映画「八甲田山死の彷徨」で歌われた「雪…

寂しいお墓で思う

2022年1月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 墓参りに行ってきた。都立八柱霊園というところだが、都立と言っても、千葉県の松戸市にある。快晴の少し寒い日曜日、東京南西部の家から車で首都高を通り、かつて暮らした千葉県に入り、空が広いな、と思ったら…

書く喜びという初めての体験

2021年12月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 コロナが下火になって少しずつ、いろいろな会合に出向くようになった。その中の一つで久しぶりに会った80代の女性にこう言われた。「あなたは本当に書くことが好きなのね。それと読むことも好きなのね…

岩壁に復帰する

2021年11月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 先日、65歳の友人に誘われ、尾瀬近辺の沢を3日かけて登ってきた。彼が山登りを始めた高校生のころの思い出の場所のようで、彼が「泊まりがけの沢登りから引退する記念山行」として誘ってきた。メンバ…

酔いどれクライマー、永田東一郎の生きた時代

2021年10月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 どんなふうに書き始めようか。私にとっては今が、新しい連載を始める前がもっとも贅沢でうれしいとき、という気がする。 毎日新聞のサイトにある「医療プレミア」で2020年2月から7月まで連載し、「紙…

オリンピックと絶叫

2021年9月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 ゴルフって意外に面白いな。日曜日の午後、テレビをつけたらNHKで東京オリピックの男子ゴルフを放送していた。埼玉県の霞ヶ関カンツリー倶楽部を会場に、日米欧やラテンアメリカのプレイヤーたちが18ホ…

青空のように空っぽに

2021年8月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 老子の言葉を8年ぶりに読んだ。最近、ある勉強会の講師が親鸞を語る際、老子の言う「無為」に触れた。この無為という考えが仏教家の親鸞から哲学者スピノザ、そして親鸞を書いた評論家、吉本隆明にまで…

コロナがもたらす静かなる心

2021年7月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 別に還暦になったからと言って、59歳が60歳になっただけの話。何が変わるでもなし。ひとまわりして赤ちゃんになるでもなし。迷信、迷信と思っていたら、バチが当たったのか、4月27日、60歳の誕生日、私…

「傷だらけの天使」が中学生に与えた影響

2021年5月号掲載 毎日新聞契約記者(当時)/藤原章生 あれは私が中一の冬だから、1975年の1月か2月の事だ。私の二歳上の兄と父親が取っ組み合いのけんかをした。父は時折、どうにも耐えられないという風にうなり声のような怒声を上げることがあったが、妻…

「良く老いる」「悪く老いる」とは

2021年4月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 先日、ローマに暮らす作家、塩野七生さんと電話で話していたら、イタリア語の「インヴェッキアート・ベーネ」という表現に行きついた。直訳すれば「良く老いた」ということになるが、もう少…

大家族は差別しない人を育てるか

2021年3月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 先日、書店のトークイベントでギニア人のタレント、オスマン・サンコンさんと「アフリカの豊かさ」についておしゃべりする機会があった。お会いするのは3度目だが、初めて聞く話がいろいろ…

ジャン・クリストフとその人生

2021年2月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 正月、フェイスブックを開いたら、知らない人から友達リクエストが来ていた。投稿を見てみると、指揮者、小澤征爾さんの映像が出てきた。ベートーベンの第九だった。闘病のせいか第三、第四…

一言多いくらいのメッセージ

2020年11月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 黒澤明の映画「七人の侍」のラストシーンに長く「偏見」を抱いていた。 平和が戻り、嬉しそうに歌いながら田植えをする百姓を眺めながら、野武士との戦いに生き残った侍がこう語る。 「勝…

もう会えない人、もう帰れない時代

2020年10月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 永田東一郎という人がいた。3つ年上だった。私が都立上野高校に入った年、彼は卒業し、私が高校2年になり山岳部に入った春、彼は東大の理科一類に入った。山岳部の別の先輩が「永田さん…

マイナーなのに堂々としている人

2020年9月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 マイナーとメジャーとはどう違うのか。野球なら簡単だが、テーマとなるとそう簡単に切り分けられない。 先日、かれこれ十五年ほどつき合いのある編集者の女性から「藤原さんって、本当にマ…

「欧州人によるアフリカ搾取」再びテーマに

2020年8月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 新聞記者は単純なもので、自分の原稿が大きく載ればうれしいが、ようやく出たかと思えば小さな扱いだと、いまいましい気分になる。最近、そんないまいましさを思い出した。 特派員としてア…