自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

南アフリカの「島々」を走り抜ける

2025年11月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 9月19日、南アフリカのヨハネスブルクに着くと、すぐにレンタカーで地方へ出かけた。各地に暮らす友人たちに25年ぶりに再会するのと、「カルー」と呼ばれる土地を見るのが目的だった。 まずはソウェトの居候先…

虫も殺せぬ男のハチ受難

2025年9月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 お盆恒例の沢登りに今年も出かけた。いつもと同じ、10歳下の沢登り名人、松原憲彦(のりひこ)との旅だ。秋山郷を南下し、新潟県境の長野県栄村から佐武流山(さぶりゅうやま)(2192m)を目指した。 初日は林道…

菅平、追想と欲望と

2025年9月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この7月初め、浅間山近くの山に登った帰り、長野市の友人に会いに行った。車をとめた地蔵峠から南に行き、関越道に乗っても良かったが、同じ時間なので北の道を選んだ。ナビゲーションに従い車を走らせると、し…

ムトゥワと梅原猛

2025年8月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 連載をはじめるときはいつも身震いする気分だ。8月にはじめる連載のタイトルを「アフリカのシャーマン」、副題を「クレド・ムトゥワと神様」と先月書いた。が、それから1カ月がすぎ「不思議なムトゥワ」に変え…

シャーマンをどう書くか

2025年7月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 私は何をすべきなのか。南アフリカのシャーマン、クレド・ムトゥワのことだ。南アの古い友人から「お前は一度彼に会っている」と断言されながら、私は彼とのことが全く記憶になく、現時点でその証拠もつかんでい…

気の短いシェパード

2025年6月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカ、ソウェトの居候先には毎日いろんな人がくる。家主のケレや妻のムバリ、離れに住んでいる息子夫婦はもちろん近所の人がよくくる。 「ウラレ・ガーヒェ(よく眠れた)?」「ウンジャニ(元気)?」と…

アフリカの男と女

2025年5月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカを離れ帰国する前、近所のシェビーン(安酒場)に顔を出すと、かっぷくのいいママ・ロロがふてぶてしい声で言った。「アキオ!結局、あんたに紹介できないままだったね」。「何をだよ」と聞き返すと、…

夢と言語とアフリカと

2025年4月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカのソウェトで二度目の居候を始めて4カ月がすぎた。まもなく日本に帰るが、最近、夢をズールー語でみるようになり、自分でも驚いて目覚めることがある。そんな夢はいつも穏やかだ。近所で行き交う人の…

違いと、同じ

2025年3月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 アフリカダニ熱にかかり寝込んでいる。1月下旬、南アフリカの東部ムプマランガ地方の山中で大量のダニに噛まれ、6日後に発熱し、それから1週間たっても治らない。37℃台前半の発熱が毎日朝夕2回訪れ、筋肉痛、倦…

ポーシャの涙

2025年2月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 いま暮らしている南アフリカの家はいわゆる2世帯住宅だ。平屋の母屋に友人ケレが妻のバリと女児と、離れの2階にケレの息子夫妻が12歳の娘と住んでいる。私の部屋は、離れの下の階だ。 ケレ夫妻、それにケレの息…

クレド・ムトゥワをなぜ忘れたのか

2025年1月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 クレド・ムトゥワ(Credo Mutwa)という名をかすかに覚えていた。南アフリカの民 族、ズールー出身の哲学者だ。日本語だとクレドと表記されるが、ズールー語で「C」は舌先を前歯の裏に当てチッと発音する。不満…

浦島太郎みたいな性格

2024年12月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 11月7日、成田をたち、再び南アフリカに向かう。4月に帰ってきたときに決めていたため新鮮味はないが、今回は来年3月まで滞在し、なんとしてでもズールー語をものにしたいと思っている。 私はこれまで英語を…

予感はエゴイスティック

2024年11月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 8月11日に落石で左足をけがしてから9月11日まで、私は災難つづきだった。ヒビの入った足は腫れがひかないため、私は空手の稽古も休み、長い散歩もしないようにしていた。そして8月19日、妻が前から予定して…

予感とは、体の叫び

2024年10月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この夏、お盆休みの長い山登りでちょっとした事故に遭った。50cm四方、厚さ20cmほどの岩が左頭上から落ちてきて、その下を歩いていた私は瞬時に左足を引っ込めたが間に合わず、足先に激しい痛みを覚えた。「ガ…

原稿書きと友情と

2024年9月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 新聞記者になりたてのころだから28歳の年、長野市に暮らしていた私はのちのちまでつき合うようになる友人2人と出会った。ひとりはトモさんという少し年上の人で当時、長野外国語センターという英語学校の講師を…

レクイエムの月(下)

2024年8月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 先輩記者、岩橋豊さんの訃報を聞いたとき、「えーっ」と声を上げてしまったのは 、数日前から彼のことを思い出していたからだ。普段は思い出さないのにそのときは立て続けだった。 私は今年4月6日、南アフリカ…

レクイエムの月(上)

2024年7月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 5月、立て続けに先輩記者たちの偲ぶ会が開かれた。一人は昨年末に亡くなった元ソウル、ワシントン特派員の中島哲夫さんで、享年66。50代半ばで若年性アルツハイマーを発病し、社説を書く仕事ができなくなり、人…

欲望が消えたのか

2024年6月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 先日、久しぶりに東京の神保町で麻雀をした。きっかり午後5時半に到着すると、すでに3人は勢ぞろいしていて、あいさつもそこそこに勝負が始まった。こちらは半年ぶりだし、アフリカから戻ったとみな知っている…

東京人のけなげさ

2024年5月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカから22時間かけて成田空港に着いた途端、すでに「日本モード」に なっている自分に気づいた。飛行機から降りると、いそいそとチケットを買い京成スカイライナーに乗った。土曜日の午後9時。普段はガ…

ズールー語と和歌

2024年4月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカに3カ月という長い日程を組んだのはズールー語を学ぶためだった。西アフリカを旅行中、人の家に泊めてもらううちに、現地のアフリカ言語を自分のものにしたいという欲がでてきた。そのためには、まず…

23年のタイムトラベル

2024年3月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 南アフリカに着いて間もないこの1月、私は友人につき合い、ショッピングモー ルにある銀行のベンチに座っていた。 モールの玄関口や駐車場で暇そうに佇んでいる人の姿は昔と変わらない。だが、 買い物に来る人は…

アフリカ人を前に変わった自分

2024年2月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 アフリカ大陸の旅もあっという間に2カ月。昨日、西アフリカのコートジボワール最大の都市、アビジャンに着いたところだ。もう少し先に進んでいるはずだったが、ずいぶんと長居してしまった。 スペイン、モロッ…

ガンビアで目にしたシスターたち

2024年1月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 アフリカ旅行を始めてそろそろ1カ月になり、西アフリカの小国、ガンビアでこんな光景を目にした。 しばらく路上で待っていると、目当ての行き先に行く大型のワゴン車が客寄せを始め、10人ほどが一斉にバスにか…

無目的な旅は人を寂しくさせるか

2023年12月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 珍しく感情が波打った。割とすれっからしで、感情の上下が乏しい方だが、日本を出るとき、寂しい気持ちになった。スペイン経由でアフリカへ半年ほど行くため、この11月6日、妻と羽田空港に向け車を走らせてい…

心の恩人、中村寛子シスター

2023年11月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 猛暑の終わりのころ、シスターの中村寛子さんを訪ねた。この方に会うのは2001年1月以来なので22年半ぶりである。当時、彼女はコンゴ民主共和国、旧ザイールの首都キンシャサにある修道院にいた。私は5年半のア…

アフリカ本を読む 田中真知さんの本大当たり

2023年10月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この夏は前よりも時間ができたので、仕事以外の本を結構読んだ。コロナで入院したちょうどその日、2021年5月1日に60歳になり、毎日新聞社を定年退職したのだが、年金がもらえるまで、パートのような形で働ける…

自問自答は癖なのか

2023年9月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 みながしていると思っていたことが、そうでもないことが、年をとってからわかるものだ。例えば、常に音楽が頭の中で鳴っていること。これは大方の人がそうだろう。私の場合、登山中に顕著になる。先日、北アルプ…

アフリカに行く理由

2023年8月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 「お父さん、過去に囚われてるんじゃないの。ノスタルジーはダメだよ」。ロサンゼルスから一時帰国している娘にそう言われた。「カズオ・イシグロが書いているのはずっとそのことなんだよね。過去に囚われている…

台湾のやわらかさ

2023年7月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 この5月中旬、台湾にはじめて行った。アメリカから一時帰国している30歳の娘と妻との家族旅行で、事実上、台湾にいられたのは2日半だったが、とてもやわらかな、いい印象が残った。 私はアフリカ、ラテンアメ…

老けない男

2023年6月号掲載 毎日新聞契約記者/藤原章生 コロナのせいで疎遠になっていた兄と昨日、しばらくぶりに話をした。兄は父が死んだあと、千葉県にある自分のマンションを人に貸し、東京の足立区の実家で母と同居するようになった。18年半も前の話だ。兄弟で話…