自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

一言多いくらいのメッセージ

2020年11月号掲載

毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生

 

 黒澤明の映画「七人の侍」のラストシーンに長く「偏見」を抱いていた。

 平和が戻り、嬉しそうに歌いながら田植えをする百姓を眺めながら、野武士との戦いに生き残った侍がこう語る。

 「勝ったのは我々ではなく、百姓たちだ」

 長い映画の終わりにそう宣言するのは、志村喬演じる侍たちの長だ。百姓に雇われた浪人侍7人のうち4人が討ち死にし、土まんじゅうに刀を突き刺した彼らの墓を映してエンドマーク。そんな映像が今も残っているが、私は20代末のころから、この終わり方が少ししつこいと思ってきた。

 作品を初めて見た中学2年のときはそうは思わなかった。「日本映画祭」でのリバイバル上映で、最後まで食い入るように見たのを覚えている。それからテレビ放映も含め1、2度見た末、27歳の冬、スペインで商社マンをしていた学生時代の友人を訪ね、その町の映画館で見た。見終わった晩、友人が「あの最後のセリフはいらなんじゃないか」と言い出した。そんな話を私もどこかで読んでいたのかもしれない。友人の意見に同調した。実際、黒澤映画の大ファンの伊丹十三が誰かとの対談で、雨や風など自然現象の描き方の過剰さ、旗ががバタバタと唸る様子が大好きといったことを書いていたのを私はそれ以前に読んでいた。

 そんな下地があったせいか、私たち二人は黒澤が好きなのに、全面的に認めるのをよしとしない若気の至りから、エンディングに疑問を抱いた。

 あんな取ってつけたような言葉、説明はいらない。静かに終わればいいんだ。一言余計なんだよ、黒澤は。「わかっているよ」という結論をあえて言う——とそんな話だった。

 話は名作「生きる」に移り、あれだって、主人公が死に、それで終わればいいのに、その後が長い。役場の職員たちが彼の死についてあれこれ語り合い、最後は真面目な男が、故人のほんとうの志について半泣きの状態でとうとうと主張する。

 あれも、しつこいし、いらないよ、などと私たちは調子にのって巨匠をこき下ろした。

 そんなころからかれこれ30年以上が過ぎた先日、映画配給会社ムヴィオラの社長、武井みゆきさんと黒澤のエンディングが話題になった。

 私が過剰だと言うと、武井さんは「いや、あのしつこさが黒澤の良さなんです」とやんわり反論した。「ああいうあからさまなメッセージを入れなくても、わかる人にはわかるけど、それだと知的な映画で終わっちゃうんです。でも、ああいうふうにはっきりと結論を語れば、子供から大人まで、大衆から知識人まで、見る人の裾野がぐっと広がるんです。だからこそ、黒澤映画は世界で人気があるんですよ」

 なるほど、と思った。黒澤明はあれが「うるさい」「しつこい」と言われることなど重々承知で、それでもあえてメッセージを入れているのだ。

 自分は20代のころ、友人とわかったふうな映画評を語り、それ引っ張られ、「わかる人にわかればいい」というふうな前提をずいぶんと長いこと、自分は抱え続けていたのかもしれない。

 では、黒澤がわかりやすいかと言えば、そうとも言いきれない。

 あのセリフ、「勝ったのは我々ではなく、百姓たちだ」は単なる弱き者たち、民、村落共同体の勝利ということではなく、別の意味がそこに込められているという説もある。

 実は志村喬演じる侍、官兵衛が言う「百姓」とは、侍に憧れる元百姓の菊千代、三船敏郎が演じる若い男のことだったのではないかという説だ。

 <菊池代には官兵衛にできたことが出来なかった。侍失格者だったのである。官兵衛が最後に存外軽い口調で「勝ったのは農民たちだ」という。これは農民が勇敢に戦ったということではなく、彼らの生命力に感嘆してのことだろう。しかし、本当は官兵衛にその言葉を言わせたのは、侍になれずカッコ悪く死んでいった菊千代その人だったのではないか。この映画の中で菊千代は実に醜い。しかし一見汚い作りだが恰好が良すぎる名無しの男(筆者注:「用心棒」などの主人公)よりもずっと美しい「醜さ」だった。それは菊千代が唯一大衆と繋がった黒澤自身だったからではないか。そして、それは彼の作品に2度と現れることはなかった。>(高橋実氏、河出書房新社発行「黒澤明 生誕100年総特集」より)

 単に「大衆の勝利」ということだけではなく、作り手である黒澤自身が菊千代、つまり「貴族あるいはエリートに憧れる大衆」を写していると言う見方だ。

 いずれにしても、私が武井さんとのやりとりから得た自分に向けられた教訓は、「一言余計だ」と思われるくらい、自分の言いたいことを言い募った方が良いのではないかということだ。そんなことを言ってしまえば、詩歌はどうなるのかとも思うが、何もすべての文章がそうあらねばということではなく、ときにしつこさ、過剰さも必要なのではないか、ということだ。

 アメリカの作家で故人のスーザン・ソンタグがこんなことを書いてきた。

 私は何かを説く、つまり自分がすでにわかっていることを人に言い聞かせるようなことはしたくない。そんなに自分は傲慢になれない。私はだから、自分がわからない問いを書きたい。なぜこうなのか。どうして、そんなふうになるのか。というふうに原稿を終わらせたい。

 自分もいつの間にかごく自然にソンタグのように書き、語ってきた。まず第一に自分がわかっていることを伝えるのは何かを教えるのと同じで、彼女の言うように傲慢という面もあるが、何よりも自分にとっての発見がないため、面白くない。そして、わからないことを、書くことを通して突き詰めた末、類型化した見方を全て排除した末、どうしてもわからない問いを残して終わる方が私は好きなのだ。

 

 実際、たやすくわからないことの中にこそ意味あるものがあるし、読む人がそこを考えてくれるという効果もある。

 例えば、差別意識、差別する心のタネはなぜなくならないのか、という問い一つとっても、わかりやすい一言では答えられない。一つ一つの事例を吟味していく必要が出てくるし、それをいくら繰り返しても、単純な結論には至らないだろう。

 それでも、せめてわかっていることだけでも、誰が見ても明らかなことであっても、わかりやすいメッセージを込めることの大切さに私は今更ながら気づかされた。

 いくら年を取っても、文章を書いてきても、学べることはいくらでもある。そう思い、また初心に返って、表現について考えなければと反省した。

 

●近著

『差別の教室』(2023年5月17日発売、税込1,100円、集英社新書)