自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

つましくも、ドロップアウトできた1980年

2022年11月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 1980年ごろの日本社会の雰囲気をうまく書けないだろうかと、1年ほど前から考えてきた。というのも、昨年秋から今年春まで新聞連載した評伝、「酔いどれクライマー」の舞台がこの時代だったからだ。主人公の永田東一郎さんが海外の山を舞台に活躍し、もっとも輝いていたころだ。この連載を本にするため、今は日々、80年代、つまり昭和晩期の雰囲気をあれこれ考えている。

 1980年は私が大学に入った年でもある。高校まで東京にいたが、大学は札幌だった。記憶している時代は地方都市のムードだ。時折東京に帰りはしたが、自分と同年齢の若者たちがものすごい勢いでファッショナブルになっていったのと、 24時間営業のファミリーレストランでだべる習慣を目にしたくらいで、社会のムー ドを感じる場は北海道だった。

 大学の山岳部に属していたため、動き回るのはもっぱら部室と学友の下宿、喫茶店くらいだった。学友の一人、奈良県出身の男は理系だが小説が好きだったので、よく安倍公房や大江健三郎の話をした。ある時、そんな彼がガルシア=マルケスの『百年の孤独』を見せてくれた。当時はラテンアメリカ文学のブームが日本でも広がりだし、大学生協の書店に平積みにされていた。理系の女友達の書棚にはデビュー間もないころの向田邦子の『父の詫び状』が挟まり、物理学科に進んだ先輩の部屋にはフランス現代詩集や辻邦夫全集が並んでいた。地質鉱物を専攻していた先輩は、ウィトゲンシュタインの本を少し自慢げに手にしていた。理系の学生でも文学、哲学を読むのが当たり前の時代だった。学生が海外に憧れ、背伸びをしていた。

 本から離れると、今もぱっと浮かぶのは、大瀧詠一のアルバム『A LONG  VACATION(ロング・バケーション)』(1981年3月発売)の音色だ。高松出身の先輩が「これいいぞ」とアルバムを貸してくれた。学生ばかりのぼろ屋に住んでいた私は、近所に遠慮もなく、これを大音響で聴いていた。

 アルバムのカバーは遠方に水平線が見えるプールサイドの絵で、どこか海外のリゾートを思わせるが、実際に学生たちがこんなところに行けることはなく、かけ離れた夢の世界でもあった。当時、人気のあった漫画家わたせせいぞうが描く、収入の高いカタカナ職業に就いた美男美女が休暇を過ごすおしゃれな風景がその絵に重なって見えた。  当時は地方都市でもカフェバーと呼ばれる店が現れ、男子学生が時事を扱う週刊誌『朝日ジャーナル』を捨て、シティーボーイのファッション月刊誌『POPEYE(ポパイ)』を手にし始めるころだ。クラスの同級生が年を追うごとに小ぎれいになり、議論を避けるタイプが増えていったのをよく覚えている。若者たちがいわゆる硬派から軟派に大きく変わる転換期だった。

 大瀧詠一のアルバムから出てくるさまざまな楽器、電子音を使ったにぎやかな音は、今聴くと行進曲のように思える。当時は冷戦の末期で、核戦争への不安が頭の片隅にあるからこそ、逆に世の中を明るく感じられた牧歌的な時代だったともいえる。

 80年代を振り返るテレビ番組などを見ると、「バブル前夜」というイメージが一人歩きし、人々が派手に贅沢に暮らしていたという偏見を広げているが、現実はどうだったのか。1人当たりのGDPを見てみよう。1981年は米ドル換算で1万ドル強。その後伸び続 け、2012年の4万9000ドルが最高額となり、2021年は3万9000ドルほど。つまり、81年は今の4分の1だった。これは企業活動なども含んだ数字で、いわば国力ともいえる。サラリーマンの平均年収はどうか。81年は300万円で2019年の440万円よりも3割以上も少ない。実際に使えるお金、一世帯の可処分所得を見てみると、やはり81年は2020年より3割少ないのだ。

 つまり、途上国のデータを見て、「ああ貧しいな」と思うのと同じように、 81年ごろの日本は今より貧しかったのだ。

 あの時代の一部の若者たちが「ロング・バケーション」や、村上春樹アメリカナイズされた小説世界に憧れ、就職などしたくないと贅沢なことをいうモラトリアム人間となり、海外を目指したのは、ひとり一人が豊かではなかったから、という面もある。

 今はデータを見る限り当時より豊かなのに、社会全体が沈んでいる。人々は「絶望」を口の端に転がす。それはなぜなのか。高齢者が増え、社会全体が老いたのもあるだろう。81年の頃のような経済成長はなく、安定した職も減り続けている。

 貧しいままの者より、一度豊かになった者が貧しくなる方が悲惨だ。日本社会は後者であり、今あるものを守るのに精一杯という声をよく聞く。そんな守り一辺倒の社会にいれば、そこに背を向け海外に飛び出し、道を切り開こうという個人もそうは出てこないのか。

 「団塊の世代」が後期高齢者となった今、まるで彼らの日常と同じように、社会全体に、政府に、企業に、「守りの姿勢」が広がったのか。

 81年は若者たちが金を持っていたわけではない。ただ今と大きな違いがあるとすれば、「団塊」が30代後半という働き盛りだった点だろう。

 主流に乗らなくても、ドロップアウトしても何とかなるかもしれないと思えた、という感じ方の違いが、やはり大きかったのかもしれない。

 

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