自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

空手バカの肋骨2本

2023年2月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 私はバカみたいに習い事、お稽古事ばかりやっている。なんでなのかわからないが 、大人になってから、いい年をしてから始めてしまい、どれ一つ、大したレベルに達していない。

 古い順からあげれば、まずはクライミングだろう。山登りは中学2年で始めたが、先生に教えてもらってはいないので外す。ただし、クライミングは大学時代からやってはいるが、10年前に再開し、今は若い仲間に連れていってもらっているので、習い事だろう。 次に古いのが空手でこれは36歳のとき、南アフリカで始めた。その次はチェロで41 歳のときにメキシコで知り合ったバイオリニスト、黒沼ユリ子さんの一言、「チェロ は大人になって始めてもかなりうまくなりますよ」に乗せられ、国をまたいで細々とやってきた。いまだに大した音は出せない。

 これに最近加わったのが小説教室で、30年来の友人が「面白いですよ」と勧めるので、この秋から朝日カルチャーセンターに隔週で通い、「小説の神様」と呼ばれる編集者、根本昌夫先生に習っている。私は6年前から未発表の小説を書いてきたが、いいものが書けた気がしないので、一ついい短編をと始めたところだ。本業のノンフィクション、新聞原稿にもプラスになるはずなのに、習い事に忙殺され、なかなか本腰を入れられない。

 私は幼いころからあれやこれや、やりたいと言い出すくせに長続きしない。そろばん、習字、野球、剣道、バレーボール、軟式テニスを中途で逃げ出している。そのたびに防具やらシューズ、ユニフォームを買わされる母親に「すぐ飽きるアキオ」と嫌味を言われてきた。いま習い事にしがみついているのは、「簡単に飽きないぞ」という心の反発がもたらしたものかもしれない。

 そんな中、空手は結構長く続いている。1997年、長男が入った南アフリカの学校で放課後、空手の先生が「集中力にいい」と子供達に教えていた。息子にやらせ、父母らと一緒に見ていたとき、私も真似して突きをしていたら、先生が「大人のクラスもあるので来ませんか」と誘ってくれたのだ。36歳だったので熱量もあった。結構はまってしまい、出張先でも、ホテルの部屋で毎日形(かた)の練習をし、その後、東京 、メキシコ、東京、イタリア、東京と転勤するたびに先生をかえてきた。最初は極真空手の芦原国際という流派。その後、松濤館をすこしかじり、メキシコ以降は伝統空手の糸東流を続けてきた。最後はこの流派の重鎮に習い4段までいった。

 だが、ここでも結局挫けた。通わなくなったのだ。毎週早朝6時半始まりというのを言い訳にしていたが、何か面白くなくなったのだ。それで、先生に申し訳なかったが、その集まりから逃げ出した。

 離れてからしばらくした、2020年の秋。近所を歩いていたら空手の大きな看板が目に入った。というか、前から知っていたのに見て見ぬ振りをしてきたのだが、ついにたまらずビルの3階まで見学に行くと、まん丸い目のかわいい感じの大男が「オッス 、いらっしゃい」と招いてくれた。のちに知ることになるが、道場の師範で元世界チャンピオンの塚本徳臣(のりちか)先生だった。以来、週1、2度通い、チリ行きで半年休んだのを除けば、すでに1年ほどやっている。

 新極真会という別の流派なので白帯から始め、今はオレンジ帯の9級。糸東流は型が中心だったが、ここは組手が主体で、試合となると顔面以外はフルコンタクトとなる。「年配の人もやっていて、みないい人ですよ。年齢に応じた楽しみ方がありますから」と師範に言われ、そんなものかと思っていたら、一つ年上の2段の人に最初の組手でいきなり左腿(もも)を蹴られた。激痛をおさえ足を引きづりながら帰ったら、次男に「どうしたの、ひどいな、いじめじゃないの」と驚かれた。

 その後、道場でうつされたらしいコロナで一時休んではいたが、挫けず続け、22年12月に審査を受けることになった。すでに飲み仲間になった2段の人に「今度の審査 、試合になりますよ」と言われ、「冗談でしょう」と笑っていたら本当で、キャリア3年の大人しそうな一回り下の男性と対戦することになった。

 彼は「いやあ、私は全然だめで、いやあ、緊張しますねえ」とひたすら低姿勢の人なのだが、とにかく思いっきり殴ってくる悪名高い人だった。ただし、1分の試合の30秒で息切れするため、「それからが勝負ですよ」と2段の人に助言されていた。蓋を開けてみると、予想通り、右に左に脇腹を思い切り打ってくる。

 こんなに痛いものかと思うほどの激痛が走ったが、なんとか耐え、私はひたすら蹴り続け、判定の結果、4対1で勝った。蹴りは決まらなかったが、痛みに動じず戦い続けたことが評価されたらしい。試合後、塚本師範や2段の人が「2発、完全に入りましたね、 折れてますよ」と言い、家に帰ってすぐに寝たが激痛が続き、3週間がすぎた今も痛みが抜けないので左右の肋骨各1本にヒビが入っているのは間違いない。

 「たった1分でも、あんな経験はないですから」「試合はカルチャーショックですよ」などと周りが言うように、確かに濃密な時間だったが、どんなものなのか。妻は「乱暴者の仲間入りして、バカがうつるよ」と呆れているが、確かにバカである。これじゃあ、肝心のクライミングもできない。次の試合は辞退しようかどうか、しばらく悩むことになりそうだ。

 

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