2025年11月号掲載
9月19日、南アフリカのヨハネスブルクに着くと、すぐにレンタカーで地方へ出かけた。各地に暮らす友人たちに25年ぶりに再会するのと、「カルー」と呼ばれる土地を見るのが目的だった。
まずはソウェトの居候先に荷を下ろし、2日後に近くのレンタカー会社「エイビス」でスズキのSUV車を1週間借りた。日本円で4万円ほどだ。さらに、事故や盗難の際にこちらが支払うのを最低額(6万円ほど)にしてもらう8000円の保険にも入った。計2800kmを走ったガソリン代が3万6000円で高速料金が9000円ほどに上った。 合わせると10万円強だ。これに宿泊費、食事代が入るので、多くみて計20万円で1週間、かなり贅沢な南アフリカの移動ができる。
ヨハネスブルクの都市部を見るとひどい運転の車も多いが、主脈の国道を走る分には、マナーの良さから、運転ストレスがほとんどない。例えば、対向一車線の国道で遅いトラックや車は左によって道を空ける。点滅ライトでお礼をし、相手はパッシングで返す。
しかも、国道なのに場所によっては、対向車がくるまで何分もかかるほど、車が少ない。カルーに向かう国道は、英語でクリフと呼ばれる柱状の岩山を見ながら草原を時速120km前後で延々走っていく。
峠をゆるやかに越えたと思ったら、次のクリフが見え同じ風景が広がる。丘を越えて、というより、大波のようにうねる地面をはっている感覚だ。
地球で最も古い岩盤が露出しているところで、大陸移動の間もほとんど動いていない土地だ。
クリフの垂直の岩の高さを目で測りながら、私は登れそうなルートを探す。どれも太いクラック(岩の割れ目)があって、登りやすそうだ。でも、岩の基部まではどうやっていくのか。ライオンに襲われる可能性がないとはいえない。
そんなことを考えながらハンドルを握っていると不思議と飽きない。道を外れて北へ行けばサバンナ、砂漠へと風景は変わる。
日本なら、長野市から東京までを高速で帰る220kmの道が、渋滞も加わり、相当な疲労をもたらす。だが、こちらは500kmを5、6時間で走り通しても疲れない。走りやすさに加え、見たかった景色を見ているからだろう。
南アの面積は日本の3.2倍で人口は半分。1人あたり6.4倍の広さを持っている勘定だが、もっと広く感じるのは、日本列島にあるような山脈がほとんどないからだ。
東部や南岸には険しい山もあるが、ヨハネスブルクから南西へ向かい、カルーを経て大陸の最南端に近いケープタウンを結ぶ国道一号線は、標高1500mほどの中央台地を貫き、平坦部は日本よりもはるかに広い。走っても走っても延々と地平線がつづくのだから。
カルーに行きたかったのは、作家、J・M・クッツェーの作品の舞台を見たかったからだ。回想録『少年時代』にも現れるし、『マイケル・K』で、主人公Kが死の床にある母親をカートに乗せて歩き続ける土地はカルーだ。
90年代、南アフリカに暮らしたころ、火星の写真を一面で大きく伝えたヨハネスブルクの新聞『ザ・スター』が、見出しに「カルーみたい!」と打っていた。植物一つない荒れ地がカルーの代名詞だが、私はその地を知らなかった。
「カルー国立公園」に着くと、入り口の係員の女性が「まあ、そんな遠くから。私、一度、日本に行ってみたいの。きょう、お母さんに知らせないと、日本人に会ったって」とはしゃいだ。
運良くコテージを借り、広い園内を車で走り、サイの親子やさまざまなシカに出くわし、その晩は園のレストランで夕食をとった。サファリで行き交った客がそうだったので、ある程度予想はしていたが、レストラン客は100%が高齢白人だった。2人の給仕は南アで言うカラード、白人と黒人のミックスである。私がレストランに入ると、老夫婦の妻がジロッとこちらを見た。中には席に着いた私を振り返る男性もいる。見返すと、さっと目をそらす。
打って変わって翌朝、食事に行くと、今度は1人の女性客が満面の笑みが張りついた顔であいさつした。思いっきり両手を広げて、ウェルカムと言っているような。
90年代の南アフリカがそのまま箱庭のように残っていた。アパルトヘイト、暴力犯罪、政治の退廃という嵐を経ても、脈々とつづく南ア白人の世界がそこにある。
温存されている一因は土地の広さだろう。そして、古くからの暮らしぶりを好む気質が、黒人白人問わずあるのも大きい。
アパルトヘイト時代からつづく白人世界を見て、自分は失望したのか。いやそれはない。90年代には私も家族もそちら側にいたのだから、彼らの存在を否定しているわけではない。
私はいま旧黒人居住区ソウェトの街角に住み込んでいるが、かつて暮らした旧白人居住区サントンのコミュニティーもよく知っている。黒人住民も増え、ずいぶんと多様化したとは言え、さほど変わらない暮らしをしている友人もいる。南岸の小さな村でガンと闘いつづける元教師や、別の田舎町でひとり整体を職とする女性ら、今回訪ねた白人女性たちはそれぞれ、小さなコミュニティーに守られるように生きていた。
国の3分の2を車で走り抜け、地球のしわのような地面に島のように広がる、この国の人間集団、コミュニティーの底堅さを見た気がした。
● 新刊紹介
📕『ふらっとアフリカ』(2025年7月29日発売、税込1,650円、毎日新聞出版)

特派員の肩書きもミッションもなしーー
23年ぶり、アフリカにとっぷり浸かってみた!
紙袋ひとつ持って「旧友たち」のもとへ
今ひとたびの、灼熱大陸清貧一人旅。
南米、ヨーロッパ、アフリカ、ヒマラヤのダウラギリまで、世界各地を巡り歩いた特派員が、約25年ぶりに再びアフリカの地に降り立った!
今回は、あえて目的も計画も持たずつとめて身軽な旅。
毎日新聞連載を書籍化。
● 関連書籍
📕『絵はがきにされた少年』(05年、集英社、開高健賞受賞、20年に新版)
