2026年9月号掲載
ノンフィクション作家/藤原章生
「いずれ、内戦になる」と男は言った。匿名は本人の希望だ。「南アフリカの白人がアフリカのことを喋ると、やれ、白人が何を言ってやがる、という人種騒ぎになるから」と言う。それもあるが、彼の経歴から、本名で本音を語れないというのもあるだろう。
物騒なことを言い出したのは6月半ばだ。その月末に不法移民締め出しの「大行進」が予定されていた。これは2年前にラジオパーソナリティーの呼びかけで急速に広がった市民運動で、日本で言えば、参政党の外国人批判を支持する群衆が大規模行進する図だ。少し違うのは、下手すると暴動、略奪になるところだ。一揆や日比谷暴動まで歴史を遡らないと日本では見られない光景だろう。少し古いが70年代の新宿騒乱を大きくしたイメージだが、南アの場合、そうならないとは言い切れない。
21年6月には、生活苦のみならずコロナ禍での禁酒・禁煙令によるストレスも加わ り、複数のモールで略奪があった。主に黒人以外の経営か、そう間違われたモールが 狙われた。
そんな過去から、男は6月末の大行進で暴動が広がり、それを機に次第に内戦になっていくと言った。
しかし、内戦と言えば、コロンビアでもシリア、スーダン、コンゴでも、一応は政府軍や反政府ゲリラといったプレイヤーがいる。ところが、南アの場合、公式には政府軍と警察しかいない。他に武装しているのは民間警備会社で、兵員に当たる警備員は政府軍の3倍の60万人以上もいる。それに南アは銃社会なので、個人で武装している人も多い。
月末の大行進が暴動になった場合、政府は鎮圧するし、警備員も彼の持ち場を守る ため同じ側に立つ。それでは内戦にならない。
彼の言う内戦のシナリオはどんなものか。
まずは、大行進、つまり外国人排斥の賛成派と反対派に分かれた黒人同士の戦いに なる。それぞれの過激派が武装化し、政府軍との三つ巴となる。「他の勢力として、アフリカ各地にいる南ア出身の白人傭兵がいる。内戦となれば、国外にいる彼ら15万人がすぐに帰ってくる」「参戦するってことか」「そうだ」「でもどういう形で」。この辺になってくると曖昧だ。
15万人は多すぎないか、と思ったが、彼は傭兵に詳しいので、とんでもない数字で はないだろう。が、武装しているのは数千人という見方が一般的だ。15万人は予備軍や候補者も含めてということだろう。
南アに暮らす白人はずいぶん減った。黒人政権誕生直後の95年は520万人、全体の1 2%を占めたが、いまは420万人に減り、他が増えた分、彼らの人口比は7.3%まで落ちた。
過去30年で欧州、豪州、米国などに100万人近くが移住した結果だが、最近は南ア へのUターン組も年に1万から1万4000人もいる。欧州やアジアなどいろいろ住んだ 末、最近戻ってきた64歳のフィリップという獣医は、「結局、ヨハネスブルクが一番いい。気候がいいし、土地は広い。なんたって個人の自由度が高い」と言っていた。
ヨハネスブルクの市街地は治安が悪化し、郊外の住宅街はどこに行っても電気柵で 守られている。中には、ゴルフ場もある広大な地に1200もの邸宅が並ぶ区域もあるが 、そこも長大な柵で囲われている。敷地に入る際は住人から送られた期限つきのコード番号を見せねばならず、身分証や自動車登録番号、荷物まで確認される。こうした 作業に当たるのが民間警備業界だ。
私が暮らした90年代も、郊外の家はフェンスで囲まれ、一区画まるごと閉じて自衛 する形が広がり始めていた。そのころ、他の国の戦争取材から戻って、支局を兼ねた自宅のある地区のゲートを通ったとき、「ここも前線じゃないか」と思ったことがあった。多くの市民が銃を手にし自衛が日常になっているのは、もはや戦争状態ではないのか、と。単に白対黒の戦争ではない。持てるものと持たざる者の戦いの最前線だと。
大行進のあった6月30日、ソウェトは静かだった。パキスタン人経営の雑貨店が一時襲われたが、被害は軽かった。中心街も事前の警戒が馬鹿馬鹿しいくらい平穏だった。
私が見た限り、ソウェトで外国人排除はそれほど支持されていない。外国人が逃げ 出したため、野菜の路上販売から雑貨まで、彼らが仕切っていた小売がなくなり、困っているという声が多い。結局、この国の巨大企業チェーンのスーパーで買うしかなく、「外国人排斥は、大手企業の陰謀じゃないか」という声もよく聞く。
あくまでも不満であり、黒人が二手に分かれて戦う状況は生まれていない。不平は言うが相手を暴力で抑えこむほどの議論になってはいない。
男は「いまは危ない、ソウェトにいない方がいい」と私に助言したが、いまのとこ ろ大きな変化はない。まだ何も始まっていないということなのか、すでに小さな芽が出てきているということなのか。
「戦争状態」の中で長年暮らしてきた治安面のエキスパートの言葉だけに、男の予測を笑い飛ばすことはできない。ただ、はっきりしているのは、もう後戻りはできないと いうことだ。同じアパルトヘイトの時代に戻るようなことは少なくともない。戻りたくても、一度バラバラになった以上、過去のような白人対黒人という構図にはもう戻 れないのだ。
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特派員の肩書きもミッションもなしーー
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今ひとたびの、灼熱大陸清貧一人旅。
南米、ヨーロッパ、アフリカ、ヒマラヤのダウラギリまで、世界各地を巡り歩いた特派員が、約25年ぶりに再びアフリカの地に降り立った!
今回は、あえて目的も計画も持たずつとめて身軽な旅。
毎日新聞連載を書籍化。
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📕『絵はがきにされた少年』(05年、集英社、開高健賞受賞、20年に新版)
