自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

近未来への鍵、リベルタード

2022年7月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

  今いる南米のチリで、あらゆるチリ人たちからよく聞いたスペイン語は、リベルタード(libertad)だった。日本語に訳せば「自由」だが、束縛から逃れる「解放」や「フリー」といった意味で気軽に使われる。「首都のサンチャゴにいても自由はない。南部にいればどこまでも自由だ」「なんたって自由が一番大事 だから」といったふうに日常会話で気軽に使う。

 チリで歌い継がれるビオレッタ・パラのフォークソング、抵抗歌ではもちろん、 最近のヒットソングでもこの言葉はよく出てくる。それだけここの人々が自由を求めているという証でもある。

 英語で言えばフリーダムで、自由主義リベラリズムとは違う。日本語の場合、明治時代以降に広まったせいか、いずれも自由という同じ言葉に訳されている。このため、自由という言葉をどこまでかみ砕き、自分の言葉にできているかは、私も含め疑問がある。なんだか道徳の授業のように、「自由とは何か」といった話だけで終わってしまうような扱いづらい言葉でもある。

 自由民権運動自由民主党自由党など、政治や政党名でよく使われる割に、 自由についての議論はあまり進まない。その一つの理由は、フリーとリベラルが 混同されている面もあるだろう。

 私が最初に自由という言葉を知ったのは、小学校3年のとき、二つ年上の兄に与えられた「自由自在」という名の参考書だった。教科別にあって、『国語 自由自在』『算数 自由自在』という文字が背表紙に大きく書かれていた。「自由自在、 やったの」「自由自在、やりなさい」と親から言われ続けた兄は小学5年ながら、 少しノイローゼになったのだろう。ある雨の日曜日、「こんなのやってらんねえよ」と猛反発し、「自由自在」全冊を窓から裏庭に放り投げたことがあった。 親はその事件以来、無理強いすることはなくなり、兄も親が望んでいた私立中学受験をあっさりと投げ出した。「自由自在」はところどころ土で汚れ、水で膨らんだ状態のまま私に引き継がれ、高学年になったころ、パラパラとめくってはみたが、むしろ「不自由」の象徴として本棚の隅に置かれたままだった。

 次に自由という言葉になじんだのは、1960年代から70年代にかけて日本でも広がったフォークソング・ブームだった。私が聞き始めたのは12歳のころだから73年で、井上陽水泉谷しげるを聞いていた。段々とフォークの源流をさかのぼるうちに、古レコード屋で見つけた岡林信康を聞くようになった。「それで自由になったのかい」「自由への長い旅」など、彼は自由をよく歌にした。前者では、暮らしが良くなったって、給料が上がったって,それで自由になったのかい、と歌い、後者では、いつまでも自由を求めていくという宣言のような歌だった。

 それを聞いていたころ、私はぼんやりと自由に憧れてはいたが、それが実際に何を意味するのかはわからなかった。吉田拓郎が少しあとに「どうしてこんなに 悲しいんだろう」でこう歌った。

 「これが自由というものかしら/自由になると淋しいのかい/やっと一人にな れたからって/涙が出たんじゃ困るのサ」。この歌詞と同じように、私の中でも自由はあいまいな言葉として今も残っている。「何が一番大事?」と人に聞かれ、 「自由だよ」などと言えば、なんだかキザだし、自分の言葉としてもしっくりこ ない感じがある。

 ところが、この南米では人々が軽く自由を口にする。「あのまま首都で仕事をしていたら、収入は今の3倍はあったろうし、将来も安定していたけど、どうな んだろう。こうして野菜を作ったり、キノコ取りをしても大したお金にはならないけど、すごく自由。朝から寝るまで、どれだけ自分が自由でいられるか。南部 に来るまでそんなことに気づきもしなかった」

 サンチャゴを脱け出し、田舎暮らしを始めた人が気負うこともなくこう語る。 誰も腕時計を持たず、約束の時間に遅れても文句を言わない。日本では時間は命のように大事だが、ここではそのときたまたま出会った人との会話や、いつ終わ るともしれない別れのあいさつ、おしゃべり、互いの体を触れあう交流の方がよ ほど大事だとわかっているのだ。時間の束縛から、ずいぶんと自由だ。

 それでなくても、南米人は自由そうだが、さらなる自由を求めて都会を飛び出す人や、安い休耕地を買って農作を始める人が増えている。

 これは経済、政治など今のシステムが崩れた先の近未来の一つの生き方のように私には思える。もちろん、システムや富を守りたい側や地方の原生林を切り崩す乱開発で儲けたい企業などは、特権や利益にしがみつこうとし、当面は今よ りもひどい状態になるだろう。そして、そうしたひどいことが起きれば起きるほ ど、自由は語られ続けるだろう。

 岡林信康は「私たちの望むものは」という歌で、こう絶叫した。「今ある 不幸せに/とどまってはならない/まだ見ぬ幸せに/今飛び立つのだ」。これを聞いていたころ、私はこの言葉の意味をぼんやりとしかわかっていなかった。

 それでも、今はわかる気がする。富の不平等が続くこの世界を、どうにかして変えていこうと訴えていたのだ。そのとき、鍵となる言葉が自由である。もちろん最低限の義務を果たした上での、自由だ。それはもちろん新自由主義などでうたわれるリベラリズムではなく、フリーダム、解放に近い意味だ。自由について、 もっと考えてみたくなった。

 

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