自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

ムトゥワと梅原猛

2025年8月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

  連載をはじめるときはいつも身震いする気分だ。8月にはじめる連載のタイトルを「アフリカのシャーマン」、副題を「クレド・ムトゥワと神様」と先月書いた。が、それから1カ月がすぎ「不思議なムトゥワ」に変えた。「シャーマン」や「神様」は色眼鏡で見られるし、私はアフリカの宗教全般を追う気はない。だから、素直に自分の疑問をタイトルにした。

 ムトゥワの名を聞いたのは2024年の正月、南アフリカの居候先の息子、タタと仲間の会話だった。彼らはムトゥワが登場するインタビューを繰り返し見ていた。宇宙人やUFOの話だ。音楽仲間のサムゲロという20歳の青年が10代のころ何者かに拉致され3日後に解放されたとき、何一つ記憶がなかった珍事がそこに絡んでいた。タタは、一度見た不思議な天体をUFOだと思い、夕暮れから夜にかけいつも空を見ていた。ムトゥワを語るのもそんな天体に絡んでいた。

 24年11月、南アフリカを再び訪れズールー語の勉強を再開したら、今度は60年配の男が、ムトゥワの名を挙げた。居候先にある酒場で私に「アフリカの歴史を勉強するなら、ムトゥワの本を読んだらいいよ」と『インダバ・マイ・チルドレン(物語だ、子供たち)』を教えてくれた。

 24年11月21日、私は3,396円もする英語の本をすぐにアマゾンのキンドルでダウンロードした。単行本で700ページにおよぶ大著を読み始め、すぐにひきこまれた。

 「はじめに」の書きだしはこうだ。「アフリカでは多くの奇妙なことが起きてきた。特に最近は世界を戸惑わせ、不快にさせ、驚かせることが。世界に対し、ほとんど、いやまったく説明されてこなかったこと。アフリカ人の不思議な物の考え方をそのまま示すことで、初めてよその人々にうまく説明できること」

 「この本で私が明かす幾多のことは、多くの人にとっては信じがたいことだろう。それを私は気にとめていない。なぜなら、信じてようが信じまいが、ここに私が書くことは事実だからだ」

 内容よりも、私は英語の文章から立ちあがる書き手の熱のようなものにひかれた。いろいろな言語で読書をしてきたが、哲学者、梅原猛を初めて読んだときに同じ感覚があったのを思い出した。

 2012年10月、編纂から1300年にあたる『古事記』について何か書くようにと、新聞社の山田道子編集長(当時)から注文がきた。まったくの専門外だった私は『古事記』とその解説本を読み進めるうちに梅原にぶつかった。千代田図書館の棚の前に立ち『梅原猛著作集第8巻』に収まる「神々の流竄(るざん)」を開いた。彼が45歳、1970年に初めて日本古代史について書いた論文だ。

 「この論文は、まだ発表するには早すぎる論文である。ここに示される着想を完璧なる学術論文にするには、私は、もっと多くの文献を読み、もっと多くの実地調査をし、もっと多くの思索を重ねねばならぬであろう。私はそのことをよく知っている。 よく知っているが、ここに、この未完成な論文を発表したのは、必ずしも、『すばる』創刊にあたって、編集長の再三にわたる慫慂(誘いかけ勧めること、筆者注)にのみよるのではない」

 本はこうつづく。

 「私は、今、真理の予感を感じているのである。突然に私を襲い、私を熱中させている一つの真理の予感に、私は身ぶるいすら感じるのである。その真理は、未だ私の胎中に、宿っている。私はそれをゆっくり分娩しなければならぬ。かつて、私の心は、いくつかの真理を宿し、その真理について語った。しかし、今度、私に宿った真理は、かつて私が生んだいかなる真理にもまして大きく重い真理であると思われる。私はその真理の大きさに、おどろく。私に宿ったこの大きな真理は、大きな誤謬ではないか。重い真理分娩の仕事に私を苦しめるより、むしろその真理が誤謬であってくれと私は思う。しかし、どうやら、それは誤謬ではなく、天は私に、いやでも、おうでも、この真理分娩の苦しい仕事を命じているらしい」

 同じ表現が繰り返され、ひどい悪文だ。だが書きだしにほとばしるような熱を感じ、その晩、一気に読み切ると梅原にインタビューを申し込んだ。

 ムトゥワの本を読みはじめたときに感じたのも同じ熱だった。書き手の熱い思いはもちろんあるが、それを超えた別の種類の強い熱を私は文字から感じた。

 「神々の流竄」を梅原は長く本として出版せず、10年あまりあとに出した著作集に収めた。「あとがき」にその理由を書いている。「この論文は、私の書いたもののうちで、もっとも熱狂的なものであるが、もっとも冷静さを欠いたものであるといわねばならぬ」「それは、激しい恋のさなかにうわごとのようにささやいた恋文を、恋のさめた時に読み返すような、ひどく気恥ずかしい気がしたのである」。元の「文章を正確にしようとすると、この論文が書かれた時の熱狂が失われ、論文は死んでしまうのだ」

 12年11月、梅原は私とのインタビューの最後、「僕の能力で一番高いのは憑依の能力」と語った。「藤原不比等が突然見えてきて『神々の流竄』を書いたんです」

 冗談ではない。本気でそう言った。それが本当なら梅原は一種の霊媒師だったことになる。

 シャーマン、哲学者と呼ばれたムトゥワを読み、梅原と同じ熱を感じたのは、二人に共通するものを私が感じたからなのか。それは何なのか。

 連載はその辺りから書き始めても良さそうだ。

 

● 新刊紹介

📕『ふらっとアフリカ』(2025年7月29日発売、税込1,650円、毎日新聞出版)

特派員の肩書きもミッションもなしーー
23年ぶり、アフリカにとっぷり浸かってみた!
紙袋ひとつ持って「旧友たち」のもとへ
今ひとたびの、灼熱大陸清貧一人旅。

南米、ヨーロッパ、アフリカ、ヒマラヤのダウラギリまで、世界各地を巡り歩いた特派員が、約25年ぶりに再びアフリカの地に降り立った!
今回は、あえて目的も計画も持たずつとめて身軽な旅。
毎日新聞連載を書籍化。


● 関連書籍

📕『差別の教室』(23年、集英社新書)

📕『絵はがきにされた少年』(05年、集英社、開高健賞受賞、20年に新版)