自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「脳内風化」について

2014年3月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 私が暮らす福島県郡山市の人々は、原発の話をほとんどしない。こちらが聞けば、「困ったもんだね」「汚染水、どうなるのかね」といった返事をするし、役所関係や、商工会議所、青年会議所などの集ま…

変わる気持ち、追いかける言葉

2014年2月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 昨年10月、若い同僚に「藤原さん、ツイッター始めたらどうですか」と言われた。自分の記事が時折そこで話題になったり、批判されているのは知ってはいたが、目の毒、煩わしいと思って長く食わず嫌い…

福島弁になじむ

2014年1月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 福島県の郡山市に暮らし始めて8カ月が過ぎた。自分の中のもう一人がいつも耳元でこうささやく。「まだ大した仕事、してないな」「早く特ダネ書けよ」と。新聞記者なら誰もが抱く、いくら書いても収…

戦場報道のマッチョとうつ(その4)

2013年12月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 「あんまり、こうマッチョにしないでねっていうか、こう、わかるだろ? マッチョっぽくされちゃうと、どうもさあ・・・」 アフリカを舞台にした2005年の私の本、『絵はがきにされた少年』(集英社…

戦場報道のマッチョとうつ(その3)

2013年11月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 1995年、南アフリカに暮らし始めて早々、当時はまだザイール(キコンゴ語で川の意)という名前だったコンゴに出張した。空港に着いた途端、税関職員のゆすりに遭い、首都キンシャサには飢えが広が…

戦場報道のマッチョとうつ(その2)

2013年10月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 1989年、新聞社に転職した私には戦場に行きたいという願望が少なからずあったが、それはやはりマッチョ的な動機に基づいたものだった。そして、偶然、幸運が重なり、95年から2001年まで、新聞社の…

戦場報道のマッチョとうつ(その1)

2013年9月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 先日、高速道路のサービスエリアで何気なくCDの棚を眺めていたら、「思い出のフォークロック」という背表紙が目についた。曲目をざっと見ると、「或る日突然」などトワ・エ・モアの歌が3曲も入っ…

道の奥にいた男

2013年8月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 最近、都路(みやこじ)という村によく行く。郡山から車で1時間半の小さな村だ。漢字の「都(みやこ)」に道路の「路(ろ)」と書く。福島県の浜通りから内陸に入った山あいにある。東京電力の福島…

書くことと救うこと

2013年7月号掲載 毎日新聞郡山通信部長/藤原章生(当時) 行くたびに緊張する。いや緊張とも少し違う。無力感でもない。自分の存在意義の揺らぎといった感じか。 なぜ自分はここにいるのか。何のために。本当にここに来る意味があるのか。仮にあったとして…