自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

台湾のやわらかさ

2023年7月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 この5月中旬、台湾にはじめて行った。アメリカから一時帰国している30歳の娘と妻との家族旅行で、事実上、台湾にいられたのは2日半だったが、とてもやわらかな、いい印象が残った。

 私はアフリカ、ラテンアメリカ南欧で暮らしたため、漢字圏のアジアを長く知らなかった。アジアでは他にインド、ネパール、パキスタン、タイ、ミャンマー、マレーシアを見てはいるが、東アジアは、香港やソウルでの乗り継ぎを除けば、一度も入ったことがなかった。

 2019年秋にヒマラヤから戻って、思いついたように中国に行きたくなり、北京語の 勉強を始めたが、発音の難しさに加え、コロナで入院したとき「まずやり残したことからやろう」と思い立ち、南米に行ったことなども重なり、中途で放り投げていた。

 そのため、今回はほとんど北京語もしゃべらず、3人でとにかく台北や島の北の方をひたすら歩いては眺め、食べるだけだった。そんな中、なるほどと思わせる場面があった。

 台北駅に近いホテルに泊まった我々は到着2日目の日曜日、海岸を見るため、電車で北に向かった。1時間半ほどで淡水(タンスイ)駅に着き、バスに乗り換え老梅(ラオメイ)まで行く予定だった。ガイドブックの写真を見て、海草に覆われた海辺の地形を見たくなったのだ。結果的に、それは大した物ではなく、宮崎県の鬼の洗濯板の方がよほどスケールが大きいと思ったが、それはそれでいい。

 淡水の駅でバスがわからず、近くにいた若い女性にたずねると、スマートフォンで調べ、バスの番号と列を教えてくれた。長蛇の列に並ぶと、30代前半くらいの女性8人ほどのグループが賑やかに談笑していた。ときに抱き合ったり写真をとったりと、久しぶりの再会で、小旅行に行こうとしているのか、嬉しそうにはしゃいでいた。

 聞き耳を立てると彼女たちの言葉は少なくともタガログ語でもタイ語でもなかった。ベトナムカンボジア? 1人の女性がヘジャブをかぶったイスラム教徒のようなので、インドネシアかと思 ったが、その国の言葉を知らないので定かではない。

 いずれにしても、台湾人や中国人ではない。その彼女たちが喜びを全身で表すように声をあげ、列の中で一番目立っていた。私に強い印象を残したのは、彼女たちの自然な振る舞いと、それを珍しくもないというふうに見守る台湾人の雰囲気だった。

 もちろん日本にも東南アジアやインドネシアからの移民が行楽を楽しむ姿は珍しくない。ただ、どうだろう。日本にいる外国人は、来たばかりの観光客は別にして、長年この地に住んでいる人たちは、周囲を気にせず、あれほど楽しげに、自由に振る舞うことができるだろうか。

 よく日本の知人から聞くこんな言葉がある。鎌倉に行ったら中国人だらけ。京都に行ったら外国人ばっかりだった。だからがっかりしたという否定的な意味だ。

 その人が際立った外国人嫌いというわけではないのだが、同胞のよしみでというふうに、気軽に私にそんなことを言う。

 ギャラップの調査によると、よそ者に世界一冷たい国は日本だ。正確に言えば、「よそ者や助けを必要とする見知らぬ人を助けたことがあるか」という問いを102カ国の各1000人以上の人に聞いた結果である。2019年から21年の平均をみると、日本は最下位の17%で、次がベラルーシの24%、これにカンボジア、ベルギー、ルクセンブルクアゼルバイジャン、フランスが続く。

 逆によそ者を助ける国のトップは西アフリカのシエラレオネで80%という答えだっ た。これにリベリアケニアリビアザンビア、ナイジェリアとアフリカ諸国が続 く。

 アフリカ人はとにかくやさしい。これは私を含めたアフリカ滞在者の多くが語る印象だが、それが結果に表れている。

 そんなアフリカ人のひとり、ベナン出身のタレント、ゾマホンさんは「日本人は最初は冷たいけど、一度仲間になると本当にやさしい」と言っていた。ギャラップの調査から見える日本人は平均像にすぎない。

 話を戻そう。台湾は外国人が住みやすい国なのだ。あのバス停の女性たちがまとう雰囲気でそう感じた。

 他にも誰もがいく夜市の雰囲気、電車の中で、私たちが言葉がわからないことなど気にせず、しきりに窓の外の名所を教えてくれた年配女性など、いい印象がたくさんあった。底にあるのは台湾の寛容なムードだ。

 人の顔つきやたたずまいは、昭和中期の日本のような感じがした。これに近いレトロ感覚は、東京から大阪の下町に行くときに一瞬感じたりするが、それをもっと大きくしたようなものだ。もしかしたら、日本も70年代ごろ、別の方向に進んでいたら、今の台湾のようなムードになっていたかもしれない、などと想像してしまうパラレルワールド的な面白さがそこにあった。

 フォーク歌手、友部正人の代表作「遠雷」にこんなフレーズがある。「君は台湾にいてアジアが見えたかい 僕は東京にいてこの街もわからない こんなにたくさんの人が生きているのにという そんな悔しさに襲われることはないかい」

 そう、台湾はアジアが見える世界なのだ。

 緯度は広東、コルカタ、カラチと変わらない南の地であり、ベトナムにもフィリピンにも近い。紆余曲折あれ、昔からあらゆる民族が出入りする島だったのだろう。

 まだ不勉強で、これからじっくりと台湾の歴史、文化を学んでいきたいと思った。その理由はいろいろあるのだろうが、よそ者をさほど特別視しない島がこんなに近くにあった、という嬉しい発見だった。

 

●近著

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