2023年11月号掲載
猛暑の終わりのころ、シスターの中村寛子さんを訪ねた。この方に会うのは2001年1月以来なので22年半ぶりである。当時、彼女はコンゴ民主共和国、旧ザイールの首都キンシャサにある修道院にいた。私は5年半のアフリカ駐在を終える直前、新大統領の就任式でこの地を訪れた際、彼女を訪ねた。初めてお会いし、3時間ほど話をした。それを新聞の「ひと」欄という小さな記事にしただけの関係だ。
コンゴでは暴動に巻き込まれ怖い思いをしたこともあったが、私は懲りずにその地に通っていた。結構自分なりに疲弊していたのだろう。質素な修道院の部屋に案内され、お茶を飲みながらシスターとすごした時間は忘れがたいものとなっ た。
まずは来歴を聞いた。山陰地方に生まれた彼女はまだ戦後の匂いが残っていたころ、好きな人ができ婚約も済ませていた。そんな折、不思議な体験をした。ある朝起きると、とても幸せな気持ちになり、自分は生涯、神に仕えなくてはならないと思ったそうだ。それを「召命」という言葉で彼女は語った。
不勉強の私は当時、その言葉を知らなかった。 召命を受けた彼女はシスターになるために、以前から通っていたカトリックの一派、 フランシスコ会の団体に入った。そこからバチカンに派遣され、しばらく勉強をした末、南部アフリカ、アンゴラの半砂漠地帯にある修道院に派遣された。
独立後の内戦中で、右派側のゲリラに男女の同僚とともに誘拐され、4カ月間拘束の末、解放された。砂漠で不自由なキャンプ生活を強いられたが、危害は加えられなか った。その後、一時日本に戻り、次に派遣されたのがキンシャサだった。
とてもゆったりとした優しい口調と温かいムードを漂わせた彼女に私は救われたような思いがした。そして取材を終えるとしばらく雑談した。当時私は39歳で新聞記者になって12年目だった。中村さんは私より20歳ほど年上だった。
「天啓のようなものでシスターになって、後悔したことはありませんか」。そんな質問をぶつけると、彼女の返事は意外なものだった。
「ええ、ありませんが、ごく稀に、素敵な男性などに出会うと、心が少し乱れることはありますね。でも、祈ることで乗り越えてきました」
シスターにもそんな恋愛感情、ときめきのようなものがあるのかと思うと、やっぱり人間なんだと嬉しくなった。
こんな言葉もよく覚えている。「長年日本を離れていますが、長くなればなるほど、自分が日本人なんだと自覚しますね」
話も半ば過ぎ、あたりの熱帯の森が午後の湿気に包まれ始めたころ、彼女が私に質問をした。「藤原さんはどうして新聞記者になったのですか」
私はかいつまんで説明した。27歳の5月、中学時代の友人に会って飲んだとき、「お前、エンジニアかよ。俺、お前、ジャーナリストになると思ってたよ」と言われた。「まさか、俺、理系だし、文章なんか書いたことないからな」。そう応じ、話はそれほど深まらず、山登りなど別の話をしばらくして、家に帰った。ところが、翌朝、妙に日差しが明るく、私は起きるなり、「そうか、そうだった、新聞記者だった」とすでになることを決めていた。その後、会社に辞表を出したり、それまで読んだこともない新聞を熟読し試験勉強をしたりと日々がすぎ、その年の秋に神戸新聞と毎日新聞の試験に受かった。その話をするとシスターは目を丸くしてこう言った。「それは召命ですよ」「そんな大層なものじゃ」「いえ、召命ですよ。導かれたんです」「誰に」「神様に」
私は俗物である。シスターのように人のために尽くそう、人に寄り添おうなんて気はない。最近も朝日新聞の記者と話をしていて、彼は取材を続ける際、自分が正しいことをしているかどうかを常に問うていると言っていたが、私は善悪などまず問わない。一人の人間が考える正義などというものは状況次第で一日でひっくり返るものだとわかっているから、というのもあるが、それだけではない。ある読者の方が「あなたは善悪ではなく好き嫌いで書いているからいい」と言ってくれたことがあった。それに近い感じがある。
私は、本当にこれは自分が書きたいことなのか、自分は心底、何を知りたいのか、それを問い続けながら、この仕事をしてきた。見る人が見れば「ただの自己満足じゃないか」となる。自分なりに悩む。こんなことでいいのだろうか。もっと書くべきテーマがあるのではないか、とか。だから、シスターに「召命」と言われたのは、話半分に受け取るとしても、その後大きな支えとなった。
横浜市戸塚区にある修道院を訪ねると、すでに80歳を超えているのに、彼女はずいぶんと若々しかった。白髪が多少増えはしたが、話しているうちに、密林の中にいた彼女が蘇ってきた。そして、私とのたった一度の出会いをよく覚えてくれていた。召命のことも。私は彼女に礼を言った。22年半ぶりにようやく会えましたが、あなたはずっと私の中にいました。私がもうこの仕事を辞めようと思ったり、別の仕事に誘われたとき、私は、いられるだけ新聞記者でいようと思ったのです。シスターのおかげです、と。
帰り際、車のところまで送ってくれたシスターはこう言った。「本当に不思議です。これが縁なんですね」。召命や導きという言葉よりも、縁の方がしっくりくる。 私はこのままでいいんだ、と晴れがましい気持ちで車を走らせた。
●近著
『差別の教室』(2023年5月17日発売、税込1,100円、集英社新書)