自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

ポーシャの涙

2025年2月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 いま暮らしている南アフリカの家はいわゆる2世帯住宅だ。平屋の母屋に友人ケレが妻のバリと女児と、離れの2階にケレの息子夫妻が12歳の娘と住んでいる。私の部屋は、離れの下の階だ。

  ケレ夫妻、それにケレの息子のタタとは気の置けない関係だが、タタの妻ポーシャとは少し距離があった。小柄な小さな顔の人で、アフリカ人のおしゃれでもある、前歯に金歯をいれ、いつも頭をスカーフで隠している。口数が少なく、別世界を見つめているような顔をしていることが多く、昨年1月から4月まで滞在したときは、遠慮してあまり話をしなかった。

 11月にソウェトに戻る前、東京で土産を買った。男たちには安い腕時計、若者や女性にはTシャツを買い、ポーシャにも1枚渡した。するとその晩、ケレが「ポーシャにもありがとう。すごく喜んでいた」と言いにきた。「自分もこの家族の一員と認められてうれしかったんだ。こういうことが大事なんだ」

 ポーシャにあげたTシャツは黄色で、胸に柔道の巴投げの絵柄がついている。近所の若い女性たちにシャツを見せ「もらうのは身につけるモノがいいよね。着るたびに思い出すから」と話しているのを耳にした。そのお陰か、ポーシャはすれちがうたびに、「アキオ」と私の名を呼ぶようになった。こちらもすぐに「ポーシャ」と返す。

 この地では、あいさつの際、相手の名や、名を知らなければババ(おとうさん)、ママ(おかあさん)、シーシ(ねえさん)といった呼称をつけ加える。呼称なしのあいさつは、どこか形式的、ぞんざいな印象を残す。名を呼ぶのは「あなたを見てるよ、認めてるよ」という意味があり、私は900円のTシャツでポーシャに認められたのだ。

 ポーシャは黒人と白人の間に生まれたカラードで、この地では少数派だ。「俺、カラードの女と一緒になって娘をもつのが夢だったんだ」。たまたま願いごとの話をしていたとき、タタがそう言った。

 彼女が周囲から浮いている感じがするのは、英語を母語に育ったからだろう。彼女は現地の言語を聞き取れるが、自分からは話さない。「なんで、それが夢なんだ」と問うとタタは「えっ?」という顔をした。「カラードの彼女を持つのはステータスっていうか、少年のころは、色の薄い女に憧れたりするわけだよ」

 日本にも「色の白いは七難隠す」ということわざがある。私が子どものころは沖縄返還も重なり、島出身の歌手、南沙織の人気が出て、「小麦色の肌」が尊ばれたが、いつのまにか「美白」が主流になった。色が薄い方がいいように思われているが、それはこの地でも同じだ。私には同じに見えるが、住人が見ればポーシャは明らかにカラードなのだ。そんなポーシャを正月早々、泣かせてしまった。

 年末に借りにきた電源プラグを元旦になっても返さないので、「電話を充電したいから返して」とやんわりと言った。するとポーシャは「タタがまだ寝てるから、起きたら返すね」と言い、1時間ほどして別のプラグを持ってきた。仕方なく私はそのプラグで間に合わせたが、午後になっても返さないので、通りかかったポーシャに「昨日、すぐに返すって言ったよね」と迫った。「でも、まだタタが寝てるから」「だけど借りたのはポーシャでしょ。あなたが返して」「さっきのプラグは使えない?」

 そこで引き下がれば良かったが、私の悪い癖でつい屁理屈を言ってしまった。「借りた物を返すのと、別のプラグで間に合わせるのは別の話だよ。マッチ1つだってそうじゃない。借りたら返すのがユニバーサルなマナーでしょ。貸した方が『返してください』と何度もペティション(請願)するのはおかしいよね」

 部屋に遊びに来ていた青年がやりとりを聞いたあと、「その通りだよ。ここの人間はおかしいんだ。あんな連中ばかりなんだ」と慰めるようなことを言った。直後、ポーシャがやってきて、「プラグが店にあった」というので駆けつけると、大型スピーカーに使われていた。大みそかの飲み会用だった。それを見た私は激しい行動に出た。

 「なんだ、最初からここにあったんじゃないか」と言うなり、プラグを抜き去ると、大音量がプツッと消え、近くで曲を聞いていた青年2人が驚いていた。部屋に戻り代わりのプラグを持っていこうとすると、ポーシャがそれを取りにやってきた。彼女は右目から一筋の涙を流し、「アキオにあんなふうに言われるとストレスになる」とつぶやいた。「貸した方がストレスだよ。ずっと気にしてなくちゃならない」

 その途端、反省モードになった。失敗した。俺は何をエラそうに。「返してね」と言いつづければ済むことを、あれこれ論で責めて、バカじゃないか。シャンプーからイヤホンまで借りては返さない、ケレの妻バリと同じつもりで、ポーシャに当たってしまった。こんなことで泣くなんて、なんて線が細いんだ。私はこういう癖がある。相手が泣くと自分も泣きたい気持ちになる。そして、ひたすら謝る。

 「ポーシャがそんなに繊細だなんて知らなかったから、バリに話す口調で言ってしまった。ごめん」「いいの、大丈夫」と言うが、いつも悲しそうな顔がさらに悲しそうだ。私は最後の土産、「ピカチュウのはし」を「これは謝罪のしるし」と彼女に手渡すとパッと目を輝かせた。「うわっ、この棒、私、使ってみたかったの、ララ(娘)もずっとほしがってて」

 物で茶を濁すなど卑怯な野郎だ。が、とっさにそう思ったのだから仕方がない。受け身に徹しこの地に入り込むつもりが、時折、こんな自分が顔を出す。貸し借りの考え方なんて土地土地で違う。なのに、自分本意を相手に押しつけてしまう。もっと謙虚にならねば。

 

●近著

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