自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

「耳の年齢」って?

2026年1月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 携帯電話を触ると、AI(人工知能)が勝手なものをどんどん差し出してくる。「これ、好きでしょ」「見たいでしょ」と。

  たとえばフェイスブックの場合、私が使い始めた2008年ごろは、友人や仲間が近況や自慢話を交わし合うだけの、まだ牧歌的な道具にすぎなかった。それから17年がすぎたいま、出てくる大半は、「友達リクエスト」をしてきたやたらとフォロワーの多い見知らぬ人の自慢や政治談義と、サイトが流す宣伝映像が中心になった。もちろん、以前からの知人たちの近況も混じってはいるが、隙間に追いやられた感じだ。

  見知らぬ人の投稿は、すぐさま上にスワイプして流し去ればいいが、勝手に流れてくる宣伝まがいの映像にどうしてもひっかかってしまう。

 私の場合、流れる映像は大体決まっている。ヒマラヤなどの高所登山か格闘技で、そこに漫才師サンドウィッチマンの舞台やテレビ映像が加わる。

 当たり前の話で、過去にそれらの映像を好んで見てきた実績から、AIが「これなら絶対見るだろう」と予測し流してくるからだ。こっちもあっさりひっかかり、格闘技やサンドウィッチマンを最後まで見てしまうと、さらに輪をかけて流れてくる。

 登山、格闘技、サンドウィッチマンと、私の興味は実に単純でAIにとっては扱いやすい存在だ。

 フェイスブックに限らず、年の瀬になると「今年1年を振り返って」といった画像を音楽つきで流してくる。「今年一番のあなたの写真」「自然の中のあなた」といったまとめものだ。そんな中、あらゆる音楽を聞かせてくれるスポティファイが「2025あなたのトップソング」というタイトルのまとめものを流してきた。私がこの1年間よく聞いた曲のランキングをあげている。

 それだけなら、さっとスワイプするところだが、「あなたの耳の年齢は82歳」という言葉につい引き込まれた。

 82歳?

 今年は50年代の曲をよく聴いたから、私の音楽趣味、耳は82歳だとAIが勝手に判断したようだ。

 聴いた曲のトップテンを見ると、越路吹雪の「ラストダンスは私に」が1位で13回も聴いており、2位は南アフリカの最近のヒット曲「ワザ・ワムシェ(君は美しい)」、3位が小津安二郎の映画「麦秋」のテーマ曲、以下、4位松尾和子の「再会」、5位ザ・キング・トーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」となる。以下、「お座敷小唄」「愛して愛して愛しちゃったのよ」「愛の讃歌」「サン・トワ・マミー」「空に星があるように」「白い色は恋人の色」「花の街」とつづく。

 確かにこう並べるとオヤジ趣味が激しい。いやオヤジどころか、私の父親、昭和初めに生まれた世代がよく聴いた曲が並んでいる。

 それで私の「耳年齢」を82歳、1943年生まれとAIはみなしたようだが、随分単純だ。だったら、この1年、モーツァルト(1756〜91年)ばかりを聴いていたら、「じゃあ、俺の耳年齢は240歳?」とツッコミたくなる。名曲は時代を越える。その音楽を好むからと言って、その時代に生きていたとは限らないのだ。

 日本にいるときはこの音楽サイトを滅多に開かないので、もっぱら聴いたのは南アフリカだった。古い曲ばかりを聞いたのは、現地の30歳前後のミュージシャンの曲に似た音色を感じたのがきっかけだった。

 リズムをほんの数分の一拍ずらすような曲運びが、例えば「グッド・ナイト・ベイビー」の出だしの、「きいっと、いいっつうかは、君のパッパっもお、わかってえ、くれえる…」につながる気がして、1950年代の洋楽風の日本の曲に私は傾いていった。越路吹雪が多いのはその流れだ。

 それで、82歳と言われてもなあ。まったく、AIときたら浅はかなんだから、と思っていたが、すでにここまで考え、あれこれ書いている時点で、私はAIに完全に乗せられ踊らされたわけだから、AIの役目は果たされたと言える。

 でも実際、あの時代の曲を聞くと、どうしてだか、気持ちが落ち着く。そして、日曜の夕暮れどきのような、まだ明るいけど切ないような、少しさみしい気持ちになる。いずみたくの「花の街」しかり、坂本九の「涙くんさよなら」しかり。

 それらは、私が物心ついたころ、商店街の有線放送か町工場のラジオから流れていた曲だ。南アフリカで居候している私の部屋にテレビはない。「日本の曲を何か聞かせてくれよ」と言われて曲をかけるうちに、私自身が自分が生まれる前の50年代の空気にはまっていったのだ。

 2019年にヒマラヤに行ったとき、高度障害で朦朧とする中、やはり藤圭子の「新宿の女」など、小学校に上がったころによく聴いた曲が耳の奥に流れてきた。それも、同じ仕組みなのか。単なるノスタルジーだろうか。人は寂しくなったり弱ったりすると、物心ついたころの曲へと戻っていくのか。

 そうだとすれば、1950年代の曲ばかりを聞くのは、64歳という年相応なのではないか。本来なら自分が若者だった70年代か80年代の曲に向かいそうだが、それはまだしも元気なときで、孤独だったり、安らぎを求めたりするとき、人は4、5歳のころ、あるいは、その時点で懐かしいと感じるもっと前の、生まれる前のころのヒット曲を 聞きたくなるのではないだろうか。

 だとすれば、82歳の人は50年代よりももっと古い、戦前の曲を求めるのでは。1980年代生まれの人は70年代の曲を、90年代生まれの人は80年代の曲をと、こちらはこちら で勝手に思ったりもする。別にAIに歯向かうつもりはないのだが。

 

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📕『差別の教室』(23年、集英社新書)

📕『絵はがきにされた少年』(05年、集英社、開高健賞受賞、20年に新版)