自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

おぞましい、ならず者の時代

2026年2月号掲載

毎日新聞契約記者/藤原章生

 

 「ならず者国家」という言葉を広めたのはアメリカ人だ。言い出したのはクリントン時代の高官だが、この国の政治家はそれ以前もその後も似たような言葉をずっと使ってきた。1980年代のレーガンのころは「無法者国家」、クリントンのあとのブッシュ・ジュニアのときは「悪の枢軸」という漫画の悪役のような名前を生み出した。

 無法者は英語でoutlaw(アウトロー)、ならず者はrogue(ローグ)、悪の枢軸はaxis of evil(アクシス・オブ・イーヴル)である。

 アメリカのことかと思うがそうではない。世界の中でも彼らが敵視する国を指したものだ。イラン、イラクアフガニスタン、シリア、リビア北朝鮮、果てはキューバまで、時代に応じて変わるが、アメリカに従わず、テロリストを送り出しそうな国にこのレッテルを貼ってきた。

 無法者やならず者という言葉は、70年代まで世界中を凌駕した西部劇の決まり文句だ。大陸の先住民を虐殺する騎兵隊が主役を演じたころは悪役だったが、次第にならず者が主役になっていく。「明日に向って撃て!」しかり、「荒野の用心棒」しかり。ならず者の主人公に正義はない。あるのは人殺しを厭わない肝っ玉と、妙なニヒルさだ。  「バカと言うやつがバカ」という言い回しは子供の喧嘩の決め台詞だが、アメリカの親玉たちは潜在意識でわかっているのだろう。明らかに弱い国をならず者と嘲笑う自分たちこそが、実は本当のならず者なのだと。

 今年1月3日、トランプ政権はベネズエラ空爆しマドゥーロ大統領夫妻をアメリカに連れ去る蛮行をやってのけた。

 中南米では、パナマのノリエガ将軍を拉致したり、グレナダを侵攻したり、ハイチのアリスティド大統領を強制出国させたり、といったことをやってきたが、事前の議論もなくこれほど大胆に他国のトップを拉致したのは前代未聞だろう。

 ベネズエラは彼らに言わせればならず者国家だ。前任の左派大統領、ウゴ・チャベスによる米石油利権の接収への恨みが溜まっていたとしても、あるいは、マドゥーロがどれだけ反民主主義であったとしても、やってはいけないことがある。それをトランプは平然とやった。国連憲章国際法のみならず米国の戦争権限法に反するのは明らかとみられるが、トランプは意に介さない。

 中南米諸国にはトランプのイエスマンのような首長(くびちょう)が増えており、反米的なブラジルやコロンビア、チリの大統領を追い落とす目論みも見える。地域全体をトランプ色(しょく)に染めたいのだ。

 それにしても、時代は変わった。

 1991年の湾岸戦争にしても2003年に始まるイラク戦争にしても、アメリカは結果的に大嘘だとバレはしたものの、一応の大義を振りかざした。軍事侵攻に至るまで、国連決議や米国議会にはかるといったそれなりの手続きを踏むふりをした。イラク戦争を引き起こし無辜の民を大量殺戮したブッシュ・ジュニアはキリスト信仰に救われコカイン中毒から脱したボーン・アゲイン・クリスチャンだったせいか、戦争の初期、一応は毎朝妻とともに祈りつづけた。パウエルやラムズフェルドは、仕切りに苦渋に満ちた表情を演じてみせた。

 ところが今回は、事前にメキシコ湾でベネズエラ船舶を攻撃し100人以上もの民間人を殺したり、タンカーを拿捕し原油を奪ったりと荒っぽいことで相手を脅すという前触れはあったものの、いきなり大統領拉致というまさかのアウトローに打って出た。  1月3日、日本のテレビ各局はトランプの蛮行を速報で伝えることもなく、NHKが短くトランプの宣言を伝えただけだった。翌朝の新聞各紙は一面で報じたが、「米政権の『手法』には批判もある」(『毎日新聞』)と、トランプに遠慮するような書きぶりが目立った。

 ベネズエラの民衆はどう受け止めているのか。これもわかりづらい。チャベス、マドゥーロ体制がもたらした生活苦にうんざりしている国民やすでに国を出ている人々にとって朗報と言えるのか。

 中南米は政治や首長だけをみていては国民の本音はわからない。大方が政治にうんざりしているからだ。この地では長年のアメリカの無謀な蹂躙ぶりに、自国のトップが右派であれ左派であれ、反米意識は代々根づいている。  国民は地政学ゲームの駒ではない。マドゥーロの圧政が終わったからといって、長くこの地に暗躍しつづけるアメリカへの嫌悪がそうやすやすと消えるわけではない。

 トランプの蛮行は、アメリカという国が真のならず者国家だということを改めて、広く、世界に知らしめる転換点と言える。この国は建国前の先住民虐殺からこの方、明らかなならず者だが、勝者が書く歴史とメディアがそれをうまくコーティングしてきたが、トランプのおかげで本性があらわになった。

 俺たちはなんでもできる。文句がある奴は手を上げろ。

 貧しい小国やアフリカの国々をゴミ呼ばわりするトランプにとって、南の人々がどう感じようが、何を考えようがどうでもいいのだ。でも、そんなトランプを非難はできない。日本の新聞のみならず北半球の主なメディアは、ここ数年、南の声を伝える書き手を中南米やアフリカから撤退させている。深く考えず、ただの無関心から。すべての情報は北側で得られるという無知と傲慢さから。

 トランプが残した傷が南の人々の意識にいつまで残りつづけるのか。それを想像するヒントさえ、メディアはもたらしてくれないのだ。

 

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