自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

スーザン・ソンタグとの再会

2020年6月号掲載

 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生

 

ちょっと不思議なことがあった。

 今年の正月、私はかなり具体的な初夢をみた。起きてからしばらく残っていたので、私はそれを、フェイスブックに投稿した。

 夢をソーシャルメディアで書くことなどまずないが、誰かがその意味を教えてくれる気がして書いてみたくなった。

 <初夢は70代のスーザン・ソンタグと意気投合し、この人のために何かしてあげたいと思っている夢。ずいぶん前に読んだ人だが、なぜ今頃。途中で止めた「火山に恋して」に何かヒントがあるのか。してあげたいというのが、おこがましい感じで嫌だなと思って目が覚める>

 友人数人からは「自分も昔、読んだ」といった反応があっただけだった。

 ソンタグは1933年生まれだから、日本で言えば昭和8年。ちょうど私の母と同い年で、生きていれば86歳だ。東欧系ユダヤ人子でニューヨーク生まれ。幼い頃から読書家で、15歳で批評の面白さを知り、シカゴ大などいくつもの大学で哲学や文学を専攻し、30代には売れっ子の批評家になった。戦場ルポ的な戦争論から長編ロマンの小説まで、寡作ながら、あらゆるジャンルの文章を残した。存命中は「米国を代表する進歩的文化人」、あらゆる差別にあらがうフェミニストとして世に知られたが、亡くなるとずいぶん早々に忘れられた。

 と、書いてはみたが、私が彼女の作品に出会ったのは、そんな略歴など一切知らず、たまたまのことだった。92年に写真批評家の福島辰夫先生と知り合い、写真にはまる中で彼女の「写真論」を知り、その後はアフリカに行き、自分の中に心境の変化があり、2003年に訳出された彼女の「他者の苦痛へのまなざし」をさらっと読んだ。あとは小説「火山に恋して」が積ん読状態だったくらいの、いわば薄いつき合いだ。

 なのになぜ初夢に出てきたのか。自分に彼女と同じフェミニストや同性愛者の友人はいるが、彼女のような扇情的なタイプはあまり好きな方ではない。

 そんな偏見を捨てよ、ということなのか。

 夢の中の彼女は真っ白い髪をした細面の老け顔だが魅力があった。起きたとき、自宅でインタビューしたことがある南アフリカノーベル賞作家、ナディン・ゴーディマーに似ていると思ったが、はっきりとソンタグという文字が残っていた。

 どうも、わけがわからない。

 彼女を再評価せよということなのか。でも私が彼女について書いたからと言って、なんてことはない。だとすると、まずは彼女を読めということか。

 すっかり彼女のことを忘れていた2月、友人の推薦で、小説教室の先生、根本昌夫さんにインタビューした。その準備にと、ノートに 書き留めていた本の抜粋をパラパラみていた時、ソンタグの言葉に行き当たった。

 <書くことってなりすますことでしょ。自分の人生の出来事について書くときだって、じっさいには自分ではないんだから>(『パリ・レヴュー・インタヴューⅡ』15年、青山南氏編、訳)

 他の著名な作家たちよりも、この時の私にはソンタグの言葉が一番フィットした。書くことは「なりすます」こと。つまり、別の自分になること。ふりをすること。文章自体も、文章を書く行為も、本来の自分ではない。何かに成り代わって書いている、ということ。

 この考え方はこの頃から少しずつ私にも影響を与えた。書く物に応じて、私はある人格で書いている。つまり、私の中にいくつもの人格があり、今回はとりあえずこの人格として書いている、ということだ。自分の中の全ての人格に合わせると矛盾が生じ、書き進められなくなることがあるため、私はソンタグの言葉で少し自由になった気がした。

 3月、詩人の谷川俊太郎さんに話をうかがったとき、彼女の名前が飛び出した。死について聞いたとき谷川さんはこう言った。

 「ボーヴォワールサルトルが死んだ時に『死は暴力である』って言ったのにびっくりしたんですよ。死は暴力だという発想が自分に全くなかったからね。それから、さっき読んでた本の中でも、スーザン・ソンタグがやっぱり死ぬ前にすごい苦しんだっていう日記かなんか読んでね、だから死ぬっていうことが西洋の人間にとってすごいことなんだけど、日本人は自然と同化してね、落ち葉が散るようにみたいな感じがあるんですよね」

 そして4月、コロナについてあれこれ取材する中で、私はとにかく差別、例えば中国人、アジア人差別が起きてほしくないと思い、あれこれ文献を見ていたら、米国の言語学者の論考に彼女の作品「隠喩としての病い」と「エイズとその隠喩」を見いだした。

 彼女は梅毒という感染症が英国では当初「フランス痘」と呼ばれ、フランスでは「ドイツ病」、日本では当初「中国病」と呼ばれたと記していた。つまり、新しい病を外国人や隣国、敵対国のせいにしようとするのは人類が何度もくり返してきた習わしだったということだ。これなど、いまだに国家というラベルにとらわれ続ける人類の状況をそのまま語っている。

 ソンタグががんに苦しんで死んだのは04年の12月28日。15年以上も前のことだが、彼女が残した言葉には、コロナだけでなく、今の私たちを物語るいくつもの洞察がある。

 あの初夢以来、私の行く先々で彼女の言葉が待ち構えているのはただの偶然だろうか。いずれにせよ、もっと勉強しろ、ということなのだろう。

 

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