自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

梅原猛と憑依

2013年2月号掲載

毎日新聞夕刊編集部記者/藤原章生(当時)

 

 猛スピードで原稿が書ければどんなに楽だろう。ペンの時代なら、さらさらっとだが、今なら自然に指が動き、カタカタとキーボードのはじける音が小気味よく続く。

  だが、難しい。記者になってそろそろ24年。とにかく物が書けるようになりたいと思ってきたが、いくら書いても、簡単にならない。ゴールがないのは当然としても、指が止まり動かないこと頻繁なのだ。

 先日、哲学者の梅原猛さんに会いに行った。新聞社の編集側に与えられたテーマ、「古事記1300年」をめぐる話だった。京都の屋敷で87歳の梅原さんが上機嫌に話してくれるものだから、ついでに執筆について聞くことにした。

 彼の初期作品に古事記の謎を扱った『神々の流竄(るざん)』がある。すでに絶版の本を図書館の書棚でぱらぱらっと読み始めたとき、「おっ、これは」と思った。エネルギッシュな文体で、執筆欲、書かねばならないという熱が活字から立ちのぼり、直(じか)に突き刺さってくる、とでも言ったらいいのか。

 例えば、私がメモした部分はこうだ。

 <戦後の歴史家は、一部の学者を除いて、神のことをおろそかにしすぎたと思う。おそらく国家神道の思想的暴力にこりて、神々そのものに、ひとびとは懐疑的になったのであろう。(中略)私も仏たちの言葉を聞き、神々の言葉に耳を閉ざした>

 <仏教は正しい、神道は悪である。悪なるものを勉強する必要はない。かくして、仏教の学者は日本思想史の叙述を聖徳太子からはじめるのである>

 <日本に伝わる真の神だと思ったものが、八世紀に中臣氏によってつくられた新しい神だったとしたら、どうであろうか>

 <古事記の時代、白鳳以後の時代をもっとも強く性格づける政治的事件は、二つあると思う。一つは六六三年の白村江(はくすきのえ)の戦い、もう一つは六七二年の壬申の乱(中略)この二つの事件により、日本は天皇を中心とした統一的な農業国家建設の方向をたどらざるをえなかった>

 抜粋なので雰囲気は伝わりにくが、「通説を崩したい」「真実を知るのは私だけだ」といった断定調の潔さと、文章全体から迸り出る表現欲に私は魅せられた。

 この本は『古事記』に描かれた出雲王朝は後世の人間がつくり上げた虚構だと訴えたもので、のちの古代遺跡発掘で梅原さんは誤りを認めることになるが、私の興味は『古事記』の真偽ではなく、彼の文体、リズムだった。

 彼が『神々の流竄』を書いたのは40代半ば。小林秀雄のように興味の赴くまま、好き嫌いを拠り所に、西洋哲学から日本の仏教、歴史へと対象を広げた梅原さんが本格的な執筆活動を始めたのは40代。いわゆる遅咲きの人だが、文章のスピード感は類を見ない。

 そんな話を手短に伝えると、梅原さんは「あんた、僕の書いたもん、よう読んでくれとるね」と嬉しそうに言い、こう続けた。

 「僕の能力で一番高いのは憑依の能力なんよ。(柿本)人麻呂も(仏師)円空も、乗り移って書く。乗り移らんと書けんのよ。書き終えるとすっと消える。『書いてくださらんとあかんで』と。書いたらしゅっと消える。すぐ去って行くのと、長い間去って行かないのがある。人麻呂と聖徳太子については秦河勝(はたのかわかつ:注、生没年不詳、6世紀後半から7世紀半ばにかけて大和王権で活動した秦氏出身の豪族で聖徳太子に仕えた渡来人とされる)に書かされた」

 これは、法隆寺聖徳太子一族の鎮魂のためのものだったと主張する代表作『隠された十字架 法隆寺論』や、人麻呂の刑死説を唱える『水底の歌』についての話だ。古事記についての『神々の流竄』もやはり「藤原不比等が突然見えてきて、書いた」という。

 要するに梅原日本学は「憑依」がもたらしたものだということだ。それを証明する手立てはいが、梅原さんが円空について書いていたとき、よく奥様が「円空さん、はよ、いってください、しんきくさくてかなわん」といつも言っていたそうだ。梅原さんの周囲の人たちは、憑依を普通の現象と受け止めている。

 私の例など挙げるとずいぶん軽くなるが、憑依とは言わなくても、とりつかれる感覚というのはよくわかる。

 アフリカの古老、サダム・フセインに仕えた予言者、キューバの同性愛詩人、ギリシャの映画監督……。いずれも実在の人物だが、こうした語り部に会ったがために、まるで彼らにのり移られたかのように、文体が饒舌になり、カタカタと一気に書けたことがあった。

 乗り移るのは人物とは限らない。本の中の一節だったり、ちょっと耳にした言葉でもいい。

 程度は軽いが新聞でも似たようなことがある。昨年末から年始にかけ毎日新聞で近未来の労働を考える「イマジン」という企画記事を仲間5人と連載したとき、インドネシアで就職した25歳の男性のこんな言葉を目にした。

 「この国(日本)では、ジグソーパズルのピースがほぼすべてはまってしまっている。自分を縮めてそこに収まろうとしても、入るスペースがどこにもない」

 この言葉をとっかかりに物語は動き出した。

 引かれる言葉、人物、あるいは出来事に何の切実さもなければ、物語は動かない。じくじくと書けない、ストレスまみれの時間がひたすら流れていくだけである。

 「あのころと違って、もう随分前から全部、口述筆記にしているから」と梅原さんが言うので、「あ、それで文体が変わったんですね」と余計なことを言ってしまった。そんなことは全く意に介さず、「まあ、若かったからね。40代の終り頃、年に1本は書いてたからね」と、時代を懐かんだ。

 真夏の京都。ランニング一丁で汗をかきかき、とりつかれたようにペンを走らせる40代の梅原さんが目に浮かんだ。

 

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