自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

男と女の間には(その2)

2017年10月号掲載

毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生

 

 男と女の違いというより、個と個の物の考え方の違いではないか。

 世の現象を考える際、カテゴリー(枠)にはめて現象をとらえる人と、できる限り枠を取っ払いその個に答えを求めようとする人がいる。

 もう一つ。自分の世代だったり、周りの人々の集合体の平均値に答えを求める人と、あくまでも自分ひとりの感覚に頼る人の二通りがいる。

 酒井さんは前者で、私は後者だから、かみ合わなかったのではないか。

 対話の中でこんなくだりがあった。

 酒井さんがエッセイの中で何度か書いているストッキングの話だ。昔はパンティー・ストッキングという言い方をしたが、今はパンティーという言い方もしないため、ナチュラルストッキングと言われている肌色のストッキングのことだ。

 「男尊女子」、つまり、自分を低く見せることで男にモテる女性のファッションについて聞いていたとき、酒井さんはその典型がストッキングだと言った。

 「ストッキングって、モテるんですか?」「はい、そうです。私ははいてなかったんでモテる方に行けなかったんですけど、今は若い子がもてたくてストッキングにもどってきているんです」「なんでもてるんですか」「男の人が好きなんですよ、あのナチュラルストッキング。ちょっと色が着いてたりすると、モテ系ではなくなるんですが、肌色のはモテの代名詞というか」

 「はいていない方がいい感じがしますけどねえ」「ナマだとおしゃれに見えちゃうからだめなんです。ストッキングだとコンサバ(保守的)でもっさり、ださく見えるからモテるんです。潜在的にそれを脱がせたいという欲求を喚起するのかなあ。ナマ脚だと自分に自信持ってる感が出てきちゃうし」

 「『私、ダメなんです』っていう感じがモテるんですか」「そうですね。一般職感というか、男の陣地を侵さない感じ、男尊女子っぽい感じ。本物のキャリアウーマンだと肌色でなくちょっと色が着いているとか」

 ストッキングをはいていることに私は特段の魅力を感じないし、その色の違いで、相手が男を立てる側か、対等の側にいるかに分かれるといった区分けなど、想像もつかない。

 ストッキングと言えば、基本、はいている女性と付き合ったことがない。葬式のときや何か大事な面接でスーツを着ていかなくてはならないときに、それをはいている光景を見た気がする、という程度だ。

 そんな思いから「わかり得ない一線なんですかね」と応じると、酒井さんは少し語調を強めた。

 「如実じゃないですか、肌色ストッキングがモテるっていうのは、ゴキブリホイホイ並みに」「マジですか」「マジです(笑)。その辺、本当に男の人は、ああ見えてないんだなあと。ストッキングさえはいていればもてることができるっていうことになるわけです」

 すると、酒井さんの大ファンということでインタビューに同席していた40代の同僚女性が口を挟んだ。

 「まさに、男の人が見えてないことを今証明したなあって感じですね。女性たちが意図でストッキングをはいているということに気づかないということを。あなた騙されているよって言ってもわからないんですよねえ」

 酒井さんの脇には30代とみられる編集者の女性も座っており、女性3人で「男にはいくら言ってもわからない」と私を嘲笑する。

 「頭悪いんですかね。どうもわからない」となおも反抗すると、酒井さんはこう言った。

 「伝えるのが難しいですね。例えば、出版社でも事務系の人ははいてますけど、編集職の人ははいてない。だから、ストッキングをはき始めると、ああ彼女、そっちのテリトリー(モテる事務職)の方に入ったということなんです」

 「男」だからわからないという枠にはめられ、困惑したまま話題を別の方に移したが、やりとりは後々まで尾を引いた。

 酒井さんはヒット作『負け犬の遠吠え』で、30代の女性をこう二分した。専業主婦で子供がいる「勝ち犬」と、独身で子供のいない「負け犬」ということだが、私はこの分類にも疑問を感じている。

 事務職と総合職も似た分類で、「男尊女子」的な事務職は会社の制服などを着てちょっとダサい感じが男性に安心感を与えモテるが、バリバリ働いている総合職の女性はオシャレな割に男に敬遠されるという分け方だ。これもわからない。

 では彼女が言うように「潜在的」にはどうだろうか。相手にひかれる際、着ているもの、職業、職位、学歴、出身地、居住地、親の貧富などの属性に左右されるだろうか。

 これは潜在だから自分でもわからないが、最初の情報入手の段階ではそれはあるかもしれない。でも、きっかけにはなっても実際に恋愛に至れば、属性など大同小異。さして大事な要素ではなくなるのではないか。

 むしろ、生まれ持った気質、どんな境遇で育っても、どれほど属性が変わっても揺るがない気質が、魅力を決めるのではないだろうか。だとすれば、ストッキングなどどうでもいいことになる。

 インタビューの後、同僚の女性が笑いながらこう言った。

 「酒井さんは同世代女性の感覚を代表して言ってるのに、藤原さんは自分の感覚でわかろうとするから、かみ合わないんですよ。藤原さんはなんて言うか、普通の男性の感覚と違うから」

 でも、自分の感覚を無視して、真実を究めることなどできるのだろうか。それに、自分の感覚が普通と違うというなら、多くの男たちは本当に、そんなに、心からひかれているだろうか、ストッキングに。

 

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