自分が変わること

月刊「点字ジャーナル」連載コラム

星野道夫という詩人

2009年7月号掲載

毎日新聞ローマ支局長/藤原章生(当時)

 

 星野道夫という写真家がいた。ロシアの極東、カムチャツカ半島で亡くなった人だ。森にテントを張り、ヒグマに襲われたという。

 1952年に生まれ、亡くなったのは96年の8月。43歳だった。私はそのころ暮らしていた南アフリカで訃報を知った。彼のことは直接知らなかったが、日本から届いた新聞を手に、「やはり難しかったのか」と思ったのを覚えている。

 彼はアラスカで野生動物を間近で撮影し、名をなした人だった。ヒグマを愛し、その懐に飛び込み、最後は自ら、自然界の餌食になってしまった。

 ぎりぎりのところまで近づき生還してきた彼も、ついにその一線を越えてしまった。そんな風に思った。

 一線を越える。

 それはどんなジャンルでも、どんなスケールでもあり得る。

 例えば、戦場の写真家やジャーナリスト、あるいは高所登山に魅せられた登山家。あるいは、アメリカの歌手、ジャニス・ジョプリンら麻薬の世界に引き込まれ帰らなかった人々。彼らは死の境目に至り、そこに引き込まれ、再び、この世界に戻ってくる。だが中には、境界を越え、そのまま死の世界に行ってしまう人もいる。

 大方の人は、境目をのぞくことができない。恐怖が先に立つからだ。

 星野道夫はきっと、その境目を越えた。そう思ったのは、たぶん、そのころの私がアフリカの戦場で何度となく恐怖を感じていたからだと思う。

 本当は人の死などそんなものではないのに、「生と死の境界」といったわかりやすい図でとらえようとしていた。

 ただ運が悪かっただけ。星野道夫はごく普通にそこにいただけで、偶然、そこにクマが来た。それだけかも知れない。

 では、運とは何だろう。

 何かの巡り目。たまたま悪い巡り合わせだった。では、その巡りとは。

 作家の色川武大はその巡りをつかめるかどうかが、プロとアマの賭博師の分かれ目といった話を書いていた。それ知るため、日夜勘を鍛えていると。

 星野道夫はヒグマをよく知っていた。危ないと思ったときには、下手に近寄らず、静かにその場を離れた。だが、どうしたことか。何が狂ったのか。彼の勘だろうか。才能は生まれもったものだが、勘は経験で鍛えられる。引用は忘れてしまったが、どこかで最近そんな話を読んだ。

 では、有名になってからの彼の経験の中に、彼の勘を狂わすものがあったのだろうか。こうなると、仮説に仮説が重なり、もはや堂々めぐりだ。

 星野道夫という名は前から知っていた。というのも、私は中学生のころからアラスカが気になっていたからだ。

 東京の足立区、竹ノ塚駅から西に25分ほど歩いた番外地のような所で私は育った。そこに10歳から18歳までいた。駅に近い中学に通っていたころ、仲の良かった同級の男が新田次郎の小説『アラスカ物語』に憧れ、アラスカに行くと言い出したことがあった。「エスキモーになる」という彼の破天荒な話でしばらく持ちきりだった。

 彼は東京の高校には行かず、「北を目指すんだ」と言って、函館ラサール高校に入り、その後、北海道教育大釧路分校を出て、アルバイトの末、20代半ばでアラスカに渡った。

 彼のことを忘れかけていた93年、留学先のメキシコでアラスカの留学生と知り合った。同じ家にホームステイしていた彼女がある日、写真集を何冊か見せてくれた。その一冊に英語版の星野道夫の本があった。カリブーやグリズリーの接写が目を引いたが、ゆっくりめくっていった中に一枚、忘れられない光景があった。北の春、雪解け間もない褐色の大平原だった。奥にくすんだ針葉樹が見える。手前の広大な平原の片隅に、小さな黒い点が2つ。疾走するヒグマの親子だ。その2頭のクマを大きな風景の片隅に置いた構図に、私は目を奪われた。

 そして、懐かしい気がした。どちらかと言えば、人間臭い、雑踏がザクザク言いそうな南を目指してきた私は、学生の時に知った北海道の山並み、その木の芽の香りを含んだ、春の風を思い出し、胸が苦しくなるような気がした。

 人でも本でも写真でも、何かに心を動かされた時、どういうわけかあたりの様子をよく覚えている。それは春先のメキシコの中庭。木々の間から洩れてくる、眩しいくらいの日差しを覚えている。

 「これが星野道夫か」

 私がそう言うと、それを見せてくれたアラスカ女性は、自分のことのように喜んだ。

 その3年後に星野道夫は死んだ。

 でもその後、私は彼の写真や文章を読もうとはしなかった。友人が贈ってくれた彼の本もそのままになっていた。

 ところが彼の死からちょうど10年が過ぎた2006年夏。私はたまたま彼の言葉を、知人から聞いた。「原稿にしても、語りにしても、何かを人に伝えるのは本当に難しい」。そんな話をした後のことだった。その人は星野道夫の次の言葉を教えてくれた。

<いつかある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。

 例えば、こんな星空や、泣けてくるような夕日をひとりで見ていたとするだろう。

 もし、愛する人がいたら、

 その美しさやその時の気持ちをどんな風に伝えるかって。

 写真をとるか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、

 いや、やっぱり言葉で伝えたらいいのかな。

 その人はこう言ったんだ。自分が変わっていくことだって。

 その夕日を見て、感動して、自分が感動して変わっていくことだと思うって。>

 (星野道夫著作集3「もうひとつの時間」《新潮社》より)

 これを読み、星野道夫は詩人だったんだ、と思った。そして、何かを伝えるため、もがいてきた自分が少し楽になったような気がした。

 自分が変わること。それは、どういうことなのか。次回からはそれを考えていきたいと思う。